コンテンツにスキップ

利用者:谷徳行/sandbox

裸参り(はだかまいり)とは、晒に草履や草鞋など裸に近い格好で神社などにお参りする伝統行事のことである。現在ではお参り先の多くが神社だが、かつてはお寺など神社以外の場所であったことも少なくない。裸参りと裸祭りは、その境界線をはっきりとはしていない。裸参りは東日本に多く、時期も新年の前後(12月-1月)一年のうちでも最も寒い厳寒期に多く行われているようだ。裸祭りは西日本に多く、時期は一年を通して行われているようだ。  

  1. 概要'''
  2. 裸参りと裸祭り'''
  3. 裸参りの呼称'''
  4. 裸参りの目的と作法'''
  5. 裸参りの歴史'''
  6. 東北各地の裸参り'''
  7. 仙台の裸参り'''

1.概要[編集]

神仏への祈願行為の典型として裸参りがある。「百度参り」「千度参り」とは、神仏に対してある切実な目的を達成するための祈願である。それは神仏の前にまさに生まれたままの清浄無垢な裸の姿でのぞむものである。この場合、なんらかのかたちで冷水を浴びる水垢離みそぎをともなう場合がきわめて多い。このことが示しているように、裸参りとは、本来は水垢離・みそぎで身を清めるために衣服を脱ぎ捨てて裸となり、祈願の強さや清浄・潔白な証しとしての裸姿でそのまま神仏の前に進み出るという切実な信仰心から始まったものと考えられる。[1]

現在ではお参り先の多くが神社だが、かつてはお寺など神社以外の場所であったことも少なくない。

2.裸参りと裸祭り[編集]

小正月に行われるどんと祭や牛越祭の裸参り・裸祭りは東日本に多く、夏祭り・秋 祭りに裸祭りが行われるのは西日本と太平洋側の県に多いという地域的な棲み分けが見られるという(『祭り・芸能・行事大辞典』平成21年)。[2]

3.裸参りの呼称[編集]

裸参りは、年代により地域により様々な呼び方で表現されてきた。 あかつき参り/暁まいり(ex.福島県信夫山暁まいり)/暁詣(もう)で/寒行者/寒念仏/寒大神まゐり/寒念仏裸まゐり/寒詣で/寒垢離(かんごり)/寒大神まゐり/寒(かん)参り/神佛(仏)裸参り/白衣詣で/薄衣(うすぎ)參り/跣(はだし)まいり/跣足(はだし)参り/はだし参り/裸体詣り/裸詣で/はだか参り/裸参り[3]

4.裸参りの目的と作法[編集]

現在行われている裸参りの祈願内容は各参加団体によって異なるが、それをあえて項目別に分けて示すとすれば次のようになるだろう。

①醸造祈願、五穀豊穣、豊漁など職業に関する成就を祈願する。②河川の氾濫や火災など村の災害を防ぎ安穏を保つ。③成人儀礼や厄払いの意味をもつ。④子どもの安産や成長を祈願する。 ⑤修験者などの宗教体験に起源をもつ荒行・寒行的意味あいをもつ。⑥その他

また、裸参りは各参加団体によって様々な特徴をもつが、特徴的な所作および作法などをあげるとすれば、次のようなものになるだろう。

①全員で掛け声や気勢をあげながら参拝する。 ②含み紙(口紙・力紙)という三角形(あるいは台形状)の紙を口にくわえて無言で参拝する。③冷水を浴びたりして水垢離を何度も繰り返す。④藁製のケンダイなどと呼ばれるものを腰に巻く。⑤注連縄を腰に巻く。⑥左手・右手のどちらか、または両手に持つものがある。事例:五匁・百匁のローソク、振り鳴らす鉦、弓張提灯、ハサミ(紙を挟んだ長い木の棒)など。⑦女性の参加が許される場合がある。⑧その他[4]

5.裸参りの歴史[編集]

裸参りの起源は、東北地方に関して言えば蘇民祭のように千数百年前からというものから、裸参りその多くは元禄年間(1688~1704)/江戸時代〔藩政時代〕(1603~1868)からという表現が多く、417年~152年くらいの幅がありはっきりしないところである。また、地域によっては諸事情より継続が途絶えた裸参りや、戦時中など一旦途絶えてから復活された裸参りもあるようだ。

6.東北各地の裸参り[編集]

裸参りの起源は、東北地方に関して言えば蘇民祭のように千数百年前からというものから、裸参りその多くは元禄年間(1688~1704)/江戸時代〔藩政時代〕(1603~1868)からという表現が多く、417年~152年くらいの幅がありはっきりしないところである。また、地域によっては諸事情より継続が途絶えた裸参りや、戦時中など一旦途絶えてから復活された裸参りもあるようだ。

東北各地の裸参り(77か所)(開催日/起源)[5][編集]

青森県(7)[編集]

弘前市鬼沢字菖蒲沢鬼神社(1/25:400年前~)/五所川原市飯詰(12/31)/五所川原市の前田野目(1/1)/深浦町岩崎地区(12/30)/五所川原市梅田地区(12/30)/平川市新山地区(1/1)/田舎館村八反田地区(1/1)

藤崎・常盤八幡宮、年縄縮小し裸参り断念〔web東奥〕2019年12月30日

青森県藤崎町常盤地区で1664(寛文4)年から350年以上行われてきたとされる常盤八幡宮への年縄(としな)奉納。元旦に冷水で体を清めた男衆が総重量約400キロの年縄を担いで地区を練り歩く「裸参り」で知られるが、今回は裸参りを行わず自動車で練り歩き奉納する。高齢化で年縄の作り手が減り、本来の大きさのものが作れないため。行事を継承している常盤コミュニティ協議会の笹森末八会長(68)は「残念だけど、半端なものは担がせられない」と話している。

秋田県(9)[編集]

北秋田郡上小阿仁村沖田面(毎年2月第3日曜日:元禄年間~)/仙北市西木町桧木内字松葉(毎年2月の第3日曜日:150年前~)/南秋田郡八郎潟町一日市神社(1/1:100年前~)/鹿角市土深井(隔年2月第3日曜日:江戸時代の初期~)/由利本荘市本荘新山神社(1/19:天保の頃〔1830~1844年頃〕~)/横手市雄物川町二井山湯殿山神社(400年以上前~)/能代市二ツ井町荷上場高岩神社(1/12:400年前~)/湯沢市岩崎地域水神社(12/15:400年前~)/鹿角市十和田末広の土深井(どぶかい)(2/16) 

岩手県(15)+(蘇民祭11)[編集]

盛岡市【仙北虚空蔵堂(1/12),材木町酒買地蔵(1/11),北山の教浄寺(1/14),盛岡八幡宮(1/15),夕顔瀬町浅草観世音(1/18),桜山神社(1/26):藩政時代~】/紫波町志和八幡宮五元日祭(1/5:江戸期~)/八幡平市西根町平笠女裸参り(1/8)/雫石町三社座神社〜永昌寺(1/第3日曜)/遠野市小友町巌龍(いわたき)神社(2/28:元禄年間~)/二戸市似鳥八幡神社サイトギ(旧暦1/6:400年前~)/二戸市石切所呑香稲荷神社(1/2:戦前~)/花巻温泉稲荷神社(1/1)/遠野市小友町(2/24)/釜石市八雲神社(1/20)/西和賀町湯之沢『長松垢離とり(ながまつこりとり)』裸まつり(旧暦12/12)[1][2]


蘇民祭】奥州市黒石寺蘇民祭(旧暦正月7日〜8日:1200年前~)/奥州市江刺伊手熊野神社蘇民祭(1月第3土曜日:400年前~)/平泉町毛越寺蘇民祭(1/20:120年前~)/花巻市矢沢胡四王神社(1/2:慶応元年(1865)~)/平泉町平泉達谷窟毘沙門堂鬼儺會(たっこくのいわやびしゃもんどうおにばらえ)(1/2-3:一千余年前~)/一関市大東町興田神社蘇民祭(1月第2日曜日)/金ヶ崎町おらが村の永岡蘇民祭(1月第4日曜日:1988~)/花巻市石鳥谷町光勝寺五大尊蘇民祭(旧正月6-7日:建久2年(1191年)~)/奥州市水沢区鎮守府八幡宮加勢蘇民祭(旧正月1月8日:嘉祥三年(850)~)/一関市藤沢町長徳寺蘇民祭(3月第1日曜日)/花巻市大迫町早池峰神社蘇民祭(3/17:昭和44年(1969年)~)[3][4][5][6]

山形県(3)[編集]

尾花沢市延沢三日町愛宕神社(1/12)/酒田市飛鳥神社(1/5)/東田川郡庄内町千河原八幡神社「やや祭り」(1月15日に近い日曜日:300年前~)

福島県(2)[編集]

双葉郡浪江町浪江神社(旧1/8:現在休止中)/柳津町福満虚空藏菩薩圓藏寺菊光堂 七日堂裸参り(1/7:千数百年前~)

宮城県(30)[編集]

仙台市青葉区大崎八幡宮(1/14 170年前~)/仙台市青葉区青葉神社(1/14)/仙台市青葉区東照宮(1/14)/仙台市青葉区櫻岡大神宮(1/14)/仙台市太白区蛸薬師舞台神社(1/14)/仙台市太白区多賀神社(1/14)/仙台市泉区加茂神社(1/14)/塩釜市塩釜神社(1/14)/岩沼市竹駒神社(1/14)/石巻市羽黒山鳥屋神社(1/7)/石巻市大島神社(1/7)/石巻市祇園八坂神社(1/14)/古川市祇園八坂神社(1/14)/角田市諏訪神社(1/14)/角田市天神社(1/14)/白石市神明社(1/14)/蔵王町刈田嶺神社「暁参り」(1/14)/栗原市瀬峰町瀬峰八幡神社(1/14)/栗原市築館通大寺(1/14)/三本木町八坂神社(1/14)/色麻町伊達神社(1/14)/登米市迫町佐沼津島神社(1/14)/加美郡宮崎八幡神社「柳沢の焼け八幡」火伏祈願の祭り(1/11-12:600年前~)/東和町若草神社(1/14)/松島町高城紫神社(1/14)/大崎市三本木八坂神社(1/14)/大崎市古川新堀新堀八幡神社(1/14)/遠田郡美里町山神社(1/14)/宮古市藤原比古神社(1/14)/大和町吉岡吉岡八幡神社(1/14)[6][7]

7.仙台の裸参り[編集]

仙台における裸参りは、藩政時代末期(1850年以降)より前には始められていたと考えられる。仙台の酒蔵には古くより南部杜氏が酒造りに大きくかかわってきた。この南部杜氏自身は出身地において裸参りを行っていた。この地元の神事が杜氏として訪れた仙台の地で伝播され現在の仙台裸参りに至ったのではないだろうか。また、仙台裸参りは大崎八幡宮の松焚祭(どんと祭)より広まったとされる宮城県下のどんと祭との関係が強く、県下各地でも裸参りが行われている。

  1. ^ どんと祭の歴史と民俗. 大崎八幡宮. (平成28年(2016)) 
  2. ^ どんと祭の歴史と民俗 P74. 大崎八幡宮. (平成28年(2016)) 
  3. ^ 仙台市文化財調査報告書第305集「大崎八幡宮の松焚祭と裸参り」. 仙台市教育委員会. (平成18年(2006)) 
  4. ^ どんと祭の歴史と民俗 P90-91. 大崎八幡宮. (平成28年(2016)) 
  5. ^ 河北新報社 (1897-2018). 河北新報記事. 
  6. ^ 河北新報社 (1897-2019). 河北新報.