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利用者:0Chair/sandbox2

特許法において、進歩性(しんぽせい、inventive step、inventiveness)とは、発明が、先行技術に基づいてその技術分野の専門家が容易に成し遂げることができたものではないことをいう。発明について特許を受けるための要件の一つである。アメリカやそれと同様の特許制度を有する国では非自明性(non-obviousness)という要件が進歩性要件に相当するものとして設けられており、本項目では進歩性と非自明性の両方について説明する。

概要

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審査主義を採る特許制度において、進歩性は特許の主要な実体要件の一つである。また、特許の無効理由の一つでもあり、特許侵害訴訟の場面でも特許の有効性をめぐって進歩性が議論されることも多い。

先願主義を採る国・機関では、先行技術として、出願前に公開された技術で発明の進歩性・非自明性を判断する。先行技術は、インターネットの発展などにより国内で公開されていることを要さず、世界のどこかで公開されていればよい(世界主義)と規定されることが多く、アメリカ・欧州・日本をはじめとした主要機関においては、この世界主義を採用している。

進歩性・非自明性の判断主体は、その技術分野において通常の創作能力を発揮できる架空の人物である、当業者である。ただし、その当業者がどの程度の創作能力を持つと想定するのか、という問題がある。

また、進歩性の判断手法は法律で明確に定められていないものの、審査基準や判例によって、国ごとに差異がある。進歩性の判断手法としては主に3つ知られる。

  1. 明細書に記載の技術的課題に着目して総合的に進歩性を判断する手法(日本で採用されている手法)
  2. 明細書に記載の技術的課題によらず、先行技術との対比によって技術的課題を見出すことで進歩性を判断する手法(欧州で採用されている手法)
  3. 技術的課題によらず、先行技術との対比によって非自明性を判断する手法(米国で採用されている手法)

また、審査制度や文献調査システムが十分に整っていない国では、欧州など主要機関の進歩性の判断が参酌されることもある。

進歩性の判断においては、審査官はあらかじめ出願に係る発明を知ってから、先行技術の調査を行うため、安易に想到可能であったとの判断がなされている(後知恵バイアス)。これを後知恵(hindsight)という。各国機関では後知恵に陥らないように進歩性の判断手法を整備している。

日本

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日本の特許法では、世界公知の公知公用技術および文献公知技術を先行技術として、出願時を基準として、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)にとって容易に発明することができた場合に進歩性が否定される(特許法第29条第2項)。

特許庁が定めた特許・実用新案審査基準では、審査官は、特許請求の範囲に記載の発明を、先行技術に基づいて、当業者が容易に想到できたことの論理付けができる場合に、本願発明の進歩性が否定されるとしている[1]

この論理付けの可否は、進歩性を肯定する要因と、進歩性を否定する要因とを総合判断することによって決定される。具体的には、審査官は、上記論理付けに適した一の発明(主引用発明)を選択し、他の発明(副引用発明)や技術常識との組み合わせを考慮して論理付けができるか否かを判断する。ここで、論理付けができない場合は進歩性が肯定される[1]

また、上記で論理付けができる場合であっても、進歩性が肯定される要素と否定される要素を総合判断して論理付けができるか否かを判断する[1]

進歩性が否定される方向に働く要素:

  • 主引用発明に副引用発明を適用する動機付けがある
    • 技術分野の関連性がある
    • 技術的課題・作用機能に共通性がある
    • 引用発明に先行技術同士を組み合わせる示唆がある
  • 主引用発明からの設計変更など
  • 先行技術の単なる寄せ集め

進歩性が肯定される方向に働く要素:

  • 先行技術に対し、異質な効果を奏する
  • 先行技術に対して、同質の効果を奏するものの、顕著な効果を奏する
  • 引用文献等に先行技術同士の組み合わせを妨げる事情がある(阻害要因

髙部眞規子弁護士は「進歩性を考える」という論考で進歩性に関する裁判例を系統的に紹介している[2]

動機付け

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顕著な効果

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化学、生命科学などの技術分野では進歩性を判断するときに、発明の効果が影響を与えるが、発明の効果をどのように考えるかという点については、独立要件説、二次的考慮説などの学説が提唱されている。

最高裁判所令和元年8月27日第三小法廷判決(平成30年(行ヒ)第69号)審決取消請求事件は、進歩性判断における顕著な効果について判示しているが、この判決は、独立要件説の立場から説明することもできるし、二次的考慮説の立場からも説明することができる[3]

選択発明

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知的財産高等裁判所大合議判決(平成30年4月13日、ピリミジン事件)では、進歩性の判断について、下記のように判示する[4]

進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(又は優先権主張日。以下「3 取消事由1について」において同じ。)の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。このような進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条1項3号の「刊行物に記載された発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。そして,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,当業者は,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできない。 したがって,引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に 選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出す ることはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。

米国

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米国では、特許法における非自明性(non-obviousness)が進歩性に相当する概念として規定されている。合衆国法典第35巻第103条には、「特許を受けようとする発明の主題と先行技術との相違が全体としてそれに属する技術分野において通常の技術を有する者にその発明がなされた時点において自明であったと考えられる場合」は特許を受けることができないと定められている。

非自明性の具体的な要件は1966年Graham判決英語版Graham v. John Deere Co., 383 U.S. 1 (1966))によって確立された。この判決では、非自明性の判断基準として以下の要素を考慮するとされた。

  1. 先行技術の範囲と内容
  2. 請求項の発明と先行技術との差異
  3. 当業者の通常の技能の程度

また、非自明性の証拠として役立つ可能性のある「二次的考慮事項」(グラハム要素)を判示した。これは、自明性の判断を下す際に後知恵(hindsight)を排除することを目的としている[5]

  1. 商業的成功
  2. 長い間感じていたが未解決のニーズ
  3. 他人の失敗
  4. 予期しない結果

自明性の判断手法は、1984年連邦巡回区控訴裁判所によって判示された(ACS Hosp. Sys. (1984))[6]。この手法は、教示・提案・動機(teaching, suggestion and motivation)の頭文字からTSMテスト英語版(TSM test)と呼ばれる。TSMテストでは、先行技術同士を組み合わせることが妥当である旨の教示、提案または動機がある場合には、発明が自明であると判断できるとされた。

TSMテストは、2007年KSR判決英語版(KSR International Co. v. Teleflex Inc., 550 U.S. 398 (2007))でより詳細に規定される。この判決では以下の要素を以て自明と判断することができる旨が判示された。

  • 既知の方法に従って先行技術要素を組み合わせて、得られる結果が予測可能な結果を得る
  • 既知の要素を別の要素に置き換えるだけで、予測可能な結果を得ることができます
  • 同様のデバイス(方法、または製品)を同じ方法で改善するための既知の技術の使用
  • 「試してみるのは明らか」 – 特定された予測可能な有限のソリューションから選択し、成功を合理的に期待できる
  • 努力の1つの分野における既知の作業は、その変動が当該技術における通常の技術の1つに予測可能である場合、設計上のインセンティブまたは他の市場原理に基づいて、同じ分野または異なる分野のいずれかで使用するためのその変形を促すことができる。


歴史的な経緯から、、TSMテスト、KSR最高裁判決などを参照のこと(en:Inventive step and non-obviousness))。

欧州

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欧州の特許法では、技術水準を考慮したときその技術分野の専門家にとって自明でない場合には、発明に進歩性があるとする(欧州特許条約第56条)。当然、本条を満たすからといって進歩性が必ず肯定される訳ではない(たとえば、欧州特許庁の審査実務の基本的なガイドラインに含まれる、Problem-SolutionアプローチやCould-Wouldアプローチなどを参照のこと(en:Inventive step and non-obviousness))

中国

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中国の特許法によれば、発明について特許を受けるためには創造性が必要であり、創造性とは、出願日前に存在する技術に比べ、突出した実質的特徴と顕著な進歩があることとされる(専利法22条)。

この創造性が進歩性に対応する要件と考えられる。しかし、創造性は「際立った実質的特徴と顕著な進歩」として積極的に定義されるのに対し、進歩性は一般に「当業者によって容易になし得たものではないこと」として消極的に定義されるので、創造性と進歩性を同一視することはできないかもしれない。

韓国

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韓国の特許法によれば、出願時を基準として、「その発明が属する技術分野で通常の知識を持つ者」にとって容易に発明することができた場合に進歩性が否定される(特許法第29条第2項)。

台湾

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台湾の特許法では、発明がその所属する技術領域において通常の知識を具有する者によって出願前の先行技術に依拠して容易に完成できたときには、その発明について特許を受けることができないとしている(専利法22条)。

脚注

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  1. ^ a b c 「第 III 部 第2章 第2節 進歩性」『特許・実用新案審査基準』特許庁、2000年。 
  2. ^ 髙部眞規子 (2023). “進歩性を考える”. 月刊パテント 75 (1): 15. https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3931. 
  3. ^ 高林龍 (2019). 高林龍、三村量一、上野達弘. ed. “最高裁判決『進歩性判断における顕著な効果の位置付け』”. 年報知的財産法2019-2020 (日本評論社). 
  4. ^ 裁判例結果詳細 | 知的財産高等裁判所 - Intellectual Property High Courts”. www.ip.courts.go.jp. 2023年8月15日閲覧。
  5. ^ Kurz, Rich. “Objective Indicia of Nonobviousness – Considered as Part of a “Totality of the Evidence” Approach or a “Prima Facie Framework”?” (英語). JD Supra, LLC. 2024年9月14日閲覧。
  6. ^ ACS Hosp. Sys., Inc. v. Montefiore Hosp., 732 F.2d 1572, 1577 (Fed. Cir. 1984)