利用者:Almandine/すとれちあ丸
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すとれちあ丸(Sutoretia Maru ) | ||
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概歴 | ||
進水 | 1977年 | |
竣工 | 1978年 | |
就航 | 1978年 | |
建造所 | 三菱重工業下関造船所 | |
現況 | 2002年退役。改修を経て船体ブロック運搬船常秀丸に船籍更新 | |
要目 | ||
船種 | 貨客船 | |
総トン数 | 3,708t | |
全長 | 110.95m | |
全幅 | 15.20m | |
深さ | 6.2m(喫水:4.75m) | |
機関 | 神戸発動機 2サイクル単動トランクピストン非逆転式ディーゼル 2基2軸 (5,800馬力) | |
速力 | 20.3kt | |
乗客定員 | 2,250名(沿海航路) 1,717名(近海航路) | |
積載貨物 | ||
船籍港 | ||
信号符字 |
すとれちあ丸(-まる)は、1978年から2002年5月15日までの間、八丈島航路に就航した東海汽船の貨客船。姉妹船におがさわら丸(初代)がある。
概要
[編集]1978年より、ふりいじあ丸に代わり東京~三宅島~御蔵島~八丈島を結ぶ八丈島航路に就航。また、小笠原航路にて、おがさわら丸のドック入りの際の代替船として就航していた。 バルバス・バウの他、このクラスの船舶では初の導入となる船尾端バルブを装備し、造波抵抗の軽減を図っている[1][2]。また、黒潮を横切る外洋航路のため、揺れ防止のためフィンスタビライザーを装備している。 2002年に引退。大規模な改装を経て、現在は船体ブロック運搬船常秀丸として、中華人民共和国と日本を結ぶ航路に就航している。[3]
航路
[編集]- 東京~八丈島航路(1978年~2002年)
- 東京~三宅島~御蔵島~八丈島
事件、事故
[編集]- 1982年11月15日 昭和天皇の八丈島・三宅島往訪時、八丈島~三宅島間に乗船 [4]
- 1995年2月25日 三宅島沖で乗揚事故[5]
- 2000年 三宅島#2000年の噴火にて、全島避難に活躍[6]
脚注
[編集]- ^ "すとれちあ丸"(船舶整備公団共有船)の省エネ対策及びその成果 船の科学 35(4), p58-60, 1982-04 船舶技術協会
- ^ 日本船舶海洋工学会関西支部造船資料保存委員会第2回展示会関連歴史年表 (pdf)
- ^ JOSHU MARUについての情報 Digital Seas
- ^ 昭和天皇・皇后両陛下八丈島に行幸啓 東京都八丈支庁・行政特記事項
- ^ 海難件数と曳航実績船舶の総合的安全評価手法による安全性向上策の策定に関する調査研究(平成16年度報告書)
- ^ 三宅村役場の機能移転内閣府・防災情報
関連項目
[編集]外部リンク
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