コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

利用者:Eugene Ormandy 雑文/知と暴力のジレンマーーウィキペディアへの漂流

 残念ながら、新たな知を獲得するには外部からの「強制」が必要だと思う。こんなことを言うのは本当に嫌なんだけど。

 渋谷系という存在を知ったのは、仲良くしたいなと思った人が熱烈なオザケンファンだったからだ。ATG映画を知ったのは、教養溢れる友人との会話でツウっぽく振る舞うためだ。喫茶店に行くようになったのは、いつまでも脱ぎ捨てることのできない子どもらしさを形だけでも誤魔化すためだ。

 「自分らしさ」という幻影を追い求め続けていたら、多分これらの知識はいま私の手元にはない。好きなものばかり摂取し続けていたら、薄っぺらいクラシック音楽の知識しか得られていない。「自分は賢いのだ」と勘違いして人から学ぼうとしていなかったら、濫造されるトンデモ本の陰謀論を信じ込んでいるだろう(今もこれからも、そうでないと言い切る自信はないのだけど)。

 少なくとも私の場合は、知は主に他者との交流を通して獲得するものだ。思っているよりずっと他者は賢いし、思っているよりずっとずっとずっと自分はバカで愚図で面倒くさがり屋だから。

 それなら話は早い。早速色々な人と交流して知を獲得しようーー基本的には賛成だけど、戸惑うところもある。

 他者へ知を授けるという行為は、非常に権威的だ。まずは相手の時間を奪う。ある程度の体系を認識するのには非常に時間がかかる体。「30秒でわかる資本主義」なんて講座があったら、スルーするか消費者生活センターに駆け込むのが吉だ。