線型代数学において、行列Aの体F上の最小多項式(さいしょうたこうしき、英:minimal polynomial)とは、F-係数のモニック多項式p(x)であって、p(A)が零行列となるようなものの中で次数最小のものを言う。q(A)=0となるF-係数多項式q(x)は最小多項式p(x)で割り切れる。
次の3つの主張は同値である:
- は、Aの最小多項式の根である。
- は、Aの固有多項式の根である。
- は、Aの固有値である。
Aの最小多項式p(x)における根λの重複度は、λに対応するAのジョルダン細胞の最大次数を表す。
一般に、最小多項式は固有多項式と一致するとは限らない。例えば、を考える。(は恒等行列。)この行列の固有多項式はである。一方、であることから、最小多項式はx-4である。従って、ならば、最小多項式と固有多項式は一致しない。
ケーリー・ハミルトンの定理により、最小多項式は常に固有多項式を割り切ることが従う。
体F上の有限次元ベクトル空間V上の線型変換Tに対し、
とおく。ここでF[x]は、F上の一変数多項式環を表す。は、F[x]の自明でないイデアルとなる。
このとき、Tの最小多項式とは、を生成するモニック多項式のことを言う。
従って、最小多項式は、中のモニック多項式の中で次数が最小でなければならない。
V上の線型変換Tが対角化可能であることと、すべてのジョルダン細胞の次数が1であることとが同値である。
従って、体F上の有限次元ベクトル空間Vの線型変換Tが対角化可能であるための必要十分条件は、Tの最小多項式がF上で一次式の積に分解し、すべての根の重複度が1であることである。
- :有限位数の線型変換は複素数体上で対角化可能である。なぜならの根である1の冪根がすべて複素数体に含まれているからである。これは巡回群の表現論でも使われる。
- :射影子は対角化可能である。対角成分に0と1が並ぶ。
- :(零行列以外の)冪零線型変換は対角化可能ではない。最小多項式に0が重複して現れるからである。
これらの例は手も計算できるものだが、最小多項式の考え方は対角化可能性について統一的な観点や証明を提供するものである。
体F上のベクトル空間Vとその線型変換TおよびVの元vに対して、
と定義する。これは、F[t]の自明でないイデアルとなる。を、このイデアルを生成するモニック多項式とする。
この多項式は次の性質を満たす。
- IT, vはITを含む。
- dを、v, T(v), ... , Td(v) が線型独立となるような最大の自然数とする。このとき、 あるが存在して、
- が成り立ち、さらに
- となる。
- Vのひとつの基底{v1,..., vn}を取ったとき、Tの最小多項式は、すべてのたちの公約元である。
体の拡大E/FとF上代数的なEの元αが与えられたとき、αの最小多項式とは、F-係数モニック多項式p(x)であって、p(α)=0となるようなものの中で次数最小のものである。最小多項式はF上既約であって、f(α)=0となるすべての非零多項式f(x)を割り切る。
例えば、Fを有理数体Q、Eを実数体Rとするとき、
- αの場合、αの最小多項式は、である。
- αの場合、αの最小多項式は、となる。
p(x)の係数を決めている体Fが何であるかは重要で、もしF=Rなら、αの最小多項式はである。