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利用者:I.hidekazu/命題論理

命題論理(めいだいろんり、: propositional logic)とは、命題と呼ばれるその内容が真か偽である一つ一つの文を総称的な記号に置き換えた上で、それら命題の間の論理的結合関係を形式的・機械的に明らかにする手法を言う。

なお、命題論理は、命題を構成する主語と述語の関係などのような命題自身の構造には立ち入らない。

概要[編集]

「2は素数である」や「雪は黒い」というように、その内容が真であるか偽であるか、そのいずれかであることを主張することが無意味ではない文を命題(proposition)と呼ぶ。単文から重文や複文を構成できるように、命題は決まった方法で結合されて新しい命題を構成することができる。例えば、「2は素数である」と「雪は黒い」から、「2は素数でありかつ雪は黒い」、「2は素数であるかまたは雪は黒い」、「2が素数であるとき雪は黒い」を作ることができる。そして、最後に「2は素数である」から新しい命題「2は素数ではない」を作ることができるが、これは命題の論理的反対を表現するものである。

これら命題の結合は、日常用語における「かつ」(and)、「または」(or)、「もし〜のとき」(if 〜 then)そして「ではない」(not)という等位接続詞、従位接続詞、打ち消し語などによって与えられる。命題論理においては、これら語によって結合される命題を適当な記号を用いて表した上で、それらの性質を形式的に分析する。

以下において、Φ、Ψ、Θ 及び他のギリシャ語の大文字で「2は素数である」、「雪は黒い」やその他の特定の命題を一般的に表すための略記号とする[1]。このとき、命題の基本結合は次のように記号表現される。

連言(conjunction):Φ ∧ Ψ(Φ かつ Ψ;Φ and Ψ)
Φ ∧ Ψ によって Φ と Ψ の連言と呼ばれる命題を表す[2]。Φ ∧ Ψ が真であるのは、Φ と Ψ が共に真となるとき、またそのときに限る。
選言(disjunction):Φ ∨ Ψ(Φ または Ψ;Φ or Ψ)
Φ ∨ Ψ によって Φ と Ψ の選言と呼ばれる命題を表す。Φ ∨ Ψ が真であるのは、Φ と Ψ の二つの命題の内、少なくとも一つが真であるとき、またその時に限る。
包含(implication):Φ → Ψ(Φ のとき Ψ;if Φ then Ψ)
Φ → Ψ によって Φ と Ψ の含意と呼ばれる命題を表す。Φ → Ψ は Φ が真かつ Ψ が偽となるとき以外は真となる命題として定義される。
等値(equivalence):Φ ↔ Ψ(Φ と Ψ は等値;Φ equivalent to Ψ)
Φ ↔ Ψ によって Φ と Ψ の等値と呼ばれる命題を表す。Φ ↔ Ψ は Φ と Ψ の真偽が同一であるときのみ真となる命題として定義される。すなわち、真となるのは Φ と Ψ が共に真または Φ と Ψ が共に偽であるとき、またそのときに限るということである。
否定(negation):¬Φ(Φ ではない;not Φ)
¬ Φ を Φ の否定と呼び、Φ の論理的反対命題を表す。Φ が真なる命題ならば ¬ Φ は偽なる命題であり、逆に Φ が偽なる命題ならば、¬ Φ は真なる命題である。

なお、命題を結合する演算 "∧"、"∨"、"→"、"↔"、"¬" は論理結合子(logical connectors)と呼ばれる。

命題論理の目的[編集]

命題論理の目的は、普遍妥当な命題式を構文的な形式的操作によって導出することにある。

定義[編集]

命題(proposition)[編集]

内容が真であるか偽であるか、そのいずれかであることを主張することが無意味ではない文を命題(proposition)と呼ぶ。命題は「2は素数である」、「雪は黒い」のように論理結合子を全く含まない原子命題(atomic proposition)と、それ以外の論理結合子を含む複合命題(compound proposition)の二つに分類される。

命題の内容の判断によって付与される値をその命題の付値(valuation)または真理値(truth value)と呼ぶ[3]。真理値が真である命題を真命題、偽である命題を偽命題と呼び、記号 ⊤ で真命題 、⊥ で偽命題を一般的に意味するものとする[4]

真理関数と真理値表[編集]

⊤、⊥ のように意味(真理値)が定まった命題を命題論理における意味論的定数(semantic constant)、個々の命題の略記号であるギリシャ語の大文字 Φ、Ψ、Θ、...についてその意味する具体的命題が不定であるものとして扱うとき意味論的変数(semantic variable)と呼ぶこととする。

ここで、方程式 f(x) = x + 1 のように、例えば複合命題 Φ → ⊥ を f(Φ) で表すとすれば、方程式 f(x) と同様に、複合命題 f(Φ) の値(真理値)は Φ = ⊤ のとき f(⊤) は偽命題、Φ = ⊥ のとき f(⊥) は真命題と、当然のことながら Φ の真理値に依存することがわかる。このように、意味論的変数を含む複合命題を真理関数(truth function)と呼ぶ[5]

真理値表(truth table)

真理関数(意味論的変数をもつ複合命題)は一種の関数(対応)であることから、高校数学における三角関数の関数表のように関数表をつくることができる。真理関数の意味論的定数 ⊤、⊥ を代入した全ての組み合わせを表す関数表をその真理関数または複合命題の真理値表(truth table)と呼ぶ。基本論理演算 "¬" , "∨" , "∧" , "→" , "↔" からなる基本的な複合命題、真理関数の真理値表は以下のようになる。

Φ Ψ ¬Φ Φ ∨ Ψ Φ ∧ Ψ Φ → Ψ Φ ↔ Ψ

⊤、⊥ の代入の組み合わせに関わらず恒に真となる真理関数、複合命題[6]恒真命題(tautology;トートロジー)と呼ぶ。なお、命題の純論理的分析(形式的な操作による分析)とは、この恒真命題の分析であり、恒真ではない命題は命題論理の形式的分析の対象ではない(形式的操作では扱えない)。

命題式(propositional formula)[編集]

命題論理を拡張するにあたっては、アルファベットの大文字 A, B, C, ...で表される命題の構文的な変数概念、すなわち命題変数(propositional variable)が導入される[7]

複合命題の構文的性質を一般的に表現するために、命題変数の概念から次のように命題式(propositional formula)が再帰的に定義される。命題式を記号的に表すにあたっては十干を用いることとする。

命題式の定義
  1. 命題変数は命題式である
  2. 甲 が命題式であれば ¬甲 は命題式である
  3. 甲、乙 が命題式であれば 甲 ∧ 乙、甲 ∨ 乙、甲 → 乙、甲 ↔ 乙 もまた命題式である

意味論的変数を含む複合命題が真理関数(意味を与える関数)として扱えるように、命題変数を含む命題式は一つの関数として扱える。命題式中の命題変数への代入は、方程式の変数への代入(数字の代入と式の代入)[8]のように複数存在する。

意味論的変数の代入(命題変数を意味論的に扱う)
構文論的変数の代入(命題変数を構文論的に扱う)

命題論理における普遍妥当性[編集]

命題式の命題変数への任意の意味論的変数の代入によって得られる複合命題が真となるとき、その命題式は普遍妥当(universal validity)であると呼ばれる。

命題式の標準形[編集]

1 (→、↔ の除去[9])甲 に含まれる部分命題式について以下の置き換えを行う
部分命題式 乙 → 丙 を ¬乙 ∨ 丙 に置き換える
部分命題式 乙 ↔ 丙 を (¬乙 ∨ 丙) ∧ (¬丙 ∨ 乙) に置き換える
2 (否定記号の移動)否定記号 ¬ が選言命題式、連言命題式にかかっているならば以下のように展開する
部分命題式 ¬(乙 ∨ 丙) を ¬乙 ∧ ¬丙 に置き換える
部分命題式 ¬(乙 ∧ 丙) を ¬乙 ∨ ¬丙 に置き換える
3 (二重否定の除去[10])重複した否定記号を以下のように除去する
部分命題式 ¬¬ 乙 を 乙 に置き換える
選言標準形(disjunction normal form)
4 (分配則の適用)選言命題式を構成する項は ∧ で結合される項を含まないようにする
部分命題式 乙 ∨ (丙 ∧ 丁) を (乙 ∨ 丙) ∧ (乙 ∨ 丁) に置き換える。
顕著選言標準形(distinguished disjunction normal form)
連言標準形(conjunction normal form)
顕著連言標準形(distinguished conjunction normal form)

命題論理と原子的直可補分配束[編集]

真偽決定問題と充足可能性問題(decision problem and satisfiability problem)[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Φ、Ψ、Θ、...は命題変数ではなく、あくまで「2は素数である」など特定の命題を簡便に表すための記号である。この段階では命題変数概念は導入していない。3+3と x + y が異なるように、ここでは任意の具体的な個々の命題に対する基本的結合について定義を行なっている。
  2. ^ 普通の日常言語において連言は「そして」、「及び」、「並びに」などいくつかの仕方で表される。
  3. ^ 命題論理においては、命題は必ず真か偽に判断されることから二値論理(binary logic)または古典論理(classical logic)と呼ばれる。
  4. ^ ⊤、⊥ は真理値である真か偽そのものではなく、あくまで命題である。そのため、例えば Φ ↔ ⋎ のようになにか命題 Φ と共に複合命題を構成することができる。なお、⊤、⊥ は具体的命題を意味しない。例えば「2は素数である」を真と判断すれば、「2は素数である」は ⋎ が意味する具体的命題の候補であるが、このとき「2は素数である」↔ ⋎ もまた真命題となるので、この命題も ⋎ の意味する具体的候補になってしまう。そのような理由から ⊤、⊥ はあくまで真命題、偽命題を一般的に表す記号であり、個別具体的命題が対応しているわけではない。
  5. ^ なお、例えば Φ ∨ Ψ は g(Φ,Ψ) と多変数真理関数として表すこともできることから、一般に論理結合子も真理関数として扱うことができる。
  6. ^ 例えば、以下、
    Φ Ψ Φ ∧ Ψ ¬Φ ¬Φ → Ψ Φ ∧ Ψ → (¬Φ → Ψ)
  7. ^ 命題変数 A, B, C,... は、意味論的変数 Φ, Ψ, Θ, ...と異なり、その主たる関心の対象は命題の意味(真偽)ではなく複合命題の構文(論理結合子の組み合わせ)である。
  8. ^ 一般には明確に区別されないが方程式(例えば、y = x + 1)の代入には次のように二種類ある。
    • 数字の代入:例えば、x = 3 とする。このとき、y = 3 + 1 となることから y は 4 を意味することが判断できるようになる。
    • 式の代入:例えば、x = z3 + z とする。このとき、y = (z3 + z) + 1 となることから y の意味判断ではなく新たな方程式が産出されることになる。
  9. ^ これによって論理結合子 "→"、"↔" は 甲 から除去される。
  10. ^ 2の変形を行なうと、否定記号は命題変数の前に重複して現れる。

参考文献[編集]

  • ヒルベルト、アッケルマン 著、石本新, 竹尾治一郎(訳) 編『記号論理学の基礎(第六版)』(改訂最新版)大阪教育図書、1974年。 
  • ヒルベルト、アッケルマン 著、伊藤誠(訳) 編『記号論理学の基礎(第三版 )』大阪教育図書、1952年。 
  • 丹治 信春『タブローの方法による論理学入門』朝倉書店、1999年。