利用者:I.hidekazu/誤差論
誤差論(ごさろん、英: theory of error)とは、物理量などの測定における誤差に関する理論を言う。
概要
[編集]一般に実験や観測などの測定(measurement)の目的とは、理想的には、その測定対象(物理量など)に対して唯一つに定まる量、真の値(true value)を得ることにある[1]。しかしながら、定規で長さを測ったり、電流計で電流を測ったりなどといった実数値からなる真の値を持つ量の測定の測定値(measured value)には、必ず真の値からのズレ、すなわち不確かさ(uncertainty)または誤差(error)が含まれる[2]。したがって、
- 測定の目的とは、現実的には、その測定対象の真の値の「できる限り精度の高い近似値」[3]を得ること
となる。また、いわゆる科学的方法に用いるためには恣意性を排し、実験などで求められるだけ精度を上げる必要があることから
- 実施主体の恣意性に依存しない真の値の近似値の標準的な表記法
- 測定値から真の値の精度の高い近似値を推定するための手法
などがまず必要であることがわかる。
後に定義するが、真の値の近似値ということばは、真の値の最良推定値(best estimated value)と誤差(error)という正確なことばに言い換えられる。また、そのような測定における誤差に関する理論は誤差論(theory of error)と呼ばれる[4]。
測定における誤差の分類
[編集]一般に、測定における誤差は次の二つに分類される[5]。
- 無作為誤差(random uncertainty)
- 繰り返し測定によってある程度明らかにすることができる誤差(統計的に扱うことができる誤差)
- 系統誤差(systematic uncertainty)
- 繰り返し測定によっては明らかにすることができない誤差(統計的に扱うことができない誤差)
無作為誤差は測定を繰り返した上で統計的手法を用いることで、一回の測定では得られない高い精度を持つ真の値の推定値(estimated value)を求めることができる。無作為誤差に対する統計的手法、すなわち誤差解析(error analysis)は、カール・フリードリヒ・ガウスなどによって理論づけられた。
なお、このうち統計的手法を用いることができない系統誤差については、そのような手法を用いることができず、ケースバイケースで原因を求め取り除くより他無いため、誤差解析の対象ではない。
定義
[編集]- 大量のデータを記述する各種手法の定義については「記述統計学」を参照
真の値とその最良推定値
[編集]例として、直径 1cm の円の円周の長さを測定する場合、定規などの測定器の精度の限界から真に正しい円周の長さを得ることはできない。しかしながら、この場合は極めてまれなことに、円周の定義から真に正しい長さは唯一に定まる実数値 π cm(しかも無理数であることから無限の精度からなる)であることがわかる[6]。
このように、測定対象に対して唯一つに定まる離散量(整数値)または連続量(実数値)を測定対象の真の値(true value)と呼ぶ[7]。
- 真の値の最良推定値(the best estimated value of true value)
上記の直径 1cm 円の円周の真の値の例は極めてまれな例である。ほとんどの場合、真の値は円周率のように数学的にその定義をすること自体が困難であり、実務的にはある量の真の値は推定をするしかない。
何らかの方法を用いて得られた最も良い真の値の推定値[8]を、その真の値の最良推定値(the best estimated value)と呼ぶ。
※ただし、ここでは測定対象に対して、その真の値の最良推定値を得る具体的な方法は指定していない[9]。
一回測定の誤差とその表記法
[編集]真の値 x の測定値の誤差を δx とする(ここでは、特に一回測定の誤差を意味することとなる)。何らかの方法を用いて得た x の最良推定値を xbest とするとき、δx は以下のように定義される[10]。
- δx = |x の測定値 - xbest|
したがって、誤差を含んだ測定値は一般に次のように表記される[11]。
x の測定値 = xbest ± δx
これは以下を意味する。
- 真の値は xbest を中心として ± δx の範囲のどこかに存在する可能性が高い[12]
なお、ここで「真の値が存在する可能性が高い」というのはあくまで主観確率による主観的な見込みによるものであり、統計的裏付けを持った統計確率であると限ったものではない[13]。
- 相対誤差(relative uncertainty)による表記
真の値の最良推定値と誤差を用いた測定値の表記
- x の測定値 = xbest ± δx
は以下のように変形することもできる。
- x の測定値 =
このとき現れる、誤差項 を相対誤差(relative uncertainty)と呼ぶ。相対誤差は、定義から1以下の小さな値となるので、100をかけてパーセンテージ誤差(percentage uncertainty)として用いられることが多い。
誤差解析(error analysis)
[編集]- この節では、系統誤差については無視できるレベルであるとする。
ある真の値を持つと仮定する量を同一条件の下で多数回測定を行なった場合、一般にその測定値の群はデータとして次のような特徴を持つ[14]。
- 中心極限定理(central limit theorem)
中心極限定理(central limit theorem)とは、平均 μ、分散 σ2 をもつ任意の母集団からの無作為標本において、mean(X) の標本分布は、n が大きいとき、平均 μ、標準偏差 σ/n1/2 の正規分布で近似することができるという定理である。
- 大数の法則
平均誤差と68%信頼区間
[編集]誤差伝播(propagation of errors)
[編集]- 回帰直線の誤差伝播
脚注
[編集]- ^ 真の値は、測定対象に対して唯一つに定まることから、それが連続量すなわち実数値で測られるものであるならば、任意の精度を持たなくてはならないものである。
- ^ そのため、原理的に観念的存在である任意の精度からなる量(真の値)を得ることはできない。
- ^ 「できる限り精度の高い近似値」と呼ばれるものは人によって解釈が異なる可能性、すなわち同一条件・同一手法と呼べる測定であっても、異なる人が実施した場合、その結果としての真の値の近似値の表示が異なる余地がある。いわゆる科学的方法と呼ばれるものと見なされるためには、そのような余地を除くための標準化をする必要がある。
- ^ 単にガウスによる正規分布の理論を誤差論と呼ぶことも多い。
- ^ 無作為誤差の原因としては、目盛り線の間を読み取るときなどの観測者の判断におけるわずかな誤差、例えば、機械的な振動に起因する測定器具のちょっとしたぶれ、あるいは定義の問題(problem of definition)などが一般的によく見られる。系統誤差の原因としては、時計の遅れ、定規の伸び、あるいは計測器のゼロ点のズレといった測定器具の校正ができていないことなどがある。以上の例からわかるように、ほとんどすべての測定には無作為誤差も系統誤差も共に含まれているものである。テイラー(2000) p.100
- ^ しかしながら、量の精度というのは、目的に対して用を足すものであればなんでもいいため、極めて細かい有効数字は不要な情報となる。そもそも可算無限個の数字からなる数字は記述不可能である。
- ^ なお、真の値が連続量の場合、無限の精度を持つこととなる。
- ^ そもそも真の値とはどういったものであるべきか?それはどのように測定して得られるべきものか?どのように推定するべきものか?という問題の前提を設定する必要が出てくる場合も多い。
- ^ たとえば、既に大々的に測定された量で、信頼できる文献に精度の高い値が記載されているものを参考にしてもよい。ただし、そもそもその量の最良推定値を求めるための追試実験である場合など、目的に合致しない場合は当然駄目である。
- ^ 観念的には x の測定値の真の値 x からのズレを誤差と呼ぶべきではあるが、真の値 x とは仮定されるだけの具体的値が不明な存在であることから、測定値に対して具体的な誤差を算出することはできない。
- ^ 例えば、ある人 A さんの身長を最小目盛り1cmの定規で測ったところ173.8cmという測定値を得たとする。このとき、最後の桁は目分量で得た数値であるため、±1cm程度の誤差が含まれてしまう(測定を行なう場合、測定器具の最小目盛りの 1/10 まで目分量で読み取ることが基本である)ことから、
- (A さんの身長) = 173.8 ± 1 cm
- ^ 確実に存在するとは言えない。もしそれが言えるように誤差 δx を大きく取ってしまうこともできるが、その代わり量として用を足さなくなってしまう。
- ^ この点は意外と重要である。
- ^ いわゆるブラックスワンが出現するような可能性が無いと断言することはできないが、ここではそのようなケースは存在しないものとする。
参考文献
[編集]- John R. Taylor 著、林 茂雄, 馬場 凉 (訳) 編『計測における誤差解析入門』東京化学同人、2000年。ISBN 480790521X。
- 宮武 修, 中山 隆『モンテカルロ法』(増訂版)日刊工業新聞社、1962年。
- 東京大学教養学部統計学教室(編) 編『統計学入門』東京大学出版会、1991年。
- 簑谷 千鳳彦『統計学入門』 1,2巻、東京図書、1994年。
- 簑谷 千鳳彦『統計学のはなし』東京図書、1987年。
- R. A. Fisher (1922), On the Mathematical Foundations of Theoretical Statistics, The Royal Society
- カール・F. ガウス 著、飛田 武幸, 石川 耕春(訳) 編『誤差論』紀伊國屋書店、1981年。
- 黒田 耕嗣『保険とファイナンスのための確率論』遊星社、2000年。
- 前園 宣彦『概説 確率統計』(第2版)サイエンス社〈数学基礎コース〉、1999年。
- 近角 聡信, 三浦 登(編)『理解しやすい物理 物理基礎収録版』(新課程版)文英堂、2013年。