利用者:JTPS-P16/作業場
JTPS-P16/作業場 | |
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基本情報 | |
車種 | 職用車 |
運用者 | 日本国有鉄道 |
所有者 | 日本国有鉄道 |
製造所 | 富士重工業 |
製造年 | 1970年(昭和45年) |
製造数 | 1両 |
消滅 | 1984年(昭和59年) |
主要諸元 | |
車体色 | 黄1号 |
軌間 | 1,067 / 1,435 mm |
全長 | 20,000 mm |
全幅 | 2,900 mm |
全高 | 4,050 mm |
自重 | 49.2 t |
換算両数 積車 | 5.0 |
換算両数 空車 | 5.0 |
台車 | DT41(DT8003) |
台車中心間距離 | 14,400 mm |
最高速度 | 75* / 45** km/h |
備考 | *回送時 **自走時 |
国鉄ヤ450形貨車(こくてつヤ450がたかしゃ)は、かつて日本国有鉄道(国鉄)に在籍した事業用貨車(職用車)である。
概要[編集]
電車線用架線敷設工事の自動化のために1970年(昭和45年)に1両(ヤ450)が富士重工業にて製作された。
従来の架線敷設工事は人力に頼っていたが作業の効率性、安全性の向上を図るべく開発された。本形式の数年前に電柱を建てる建柱作業用のヤ360形(穴掘車)、ヤ370形(骨材車)、ヤ395形(建柱車)、電柱に金具類を設置する装柱作業用のヤ380形(材料運搬車)、ヤ390形(装柱車)が既に完成しており、架線関係工事用のうちトロリー線と吊架線の延線に使用される形式である。
計画ではこの他に架線金具の取付と調整に用いる装線車も製作される予定[1]だったが、こちらは製作されなかった。
構造[編集]
車体上には前位側から運転室および配電盤やリレー類を収めた機器室、吊架線フックの位置を検出し機器の動作タイミングを決定するフック検出装置、吊架線とトロリー線を収納しているドラム装置、終端部の接続作業時に油圧ウインチで張力を与える引留装置、吊架線とトロリー線に所定の張力を与える張力調整装置、吊架線とトロリー線をつなぐハンガーを設置する仮ハンガー射出装置、検出装置で検出したフックに吊架線をかける吊架線懸架装置、巻取ドラム装置、補助運転室がある。
車体色は黄1号、寸法関係は全長は20,000 mm、全幅は2,900 mm、全高は4,050 mm、台車間距離は14,400 mm、自重は49.2 t、換算両数は積車5.0、空車5.0であり、台車はDD13形ディーゼル機関車のDT113を基にした[2]DT41(在来線用)と、DT8003(新幹線用)である。
本形式の大きな特徴として台車を交換することにより在来線、新幹線の両対応が可能であった。
運用の変遷[編集]
新製後は東京電気工事局に配属され、1971年3月25日に房総西線(現 内房線)の和田浦~南三原間の作業に投入された[3]のを皮切りに、関西本線奈良・湊町間電化工事[4]、紀勢本線新宮・和歌山間電化工事[5]など全国各地の電化工事に投入された。
また新幹線においても、1971年6月下旬から山陽新幹線西明石~姫路間で約7kmにわたって施工している。[6]
その後、旧大網駅構内に長期間留置された後、1984年(昭和59年)に廃車となり同時に形式消滅となった。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
参考文献[編集]
- 藤田敏 「電気設備と保守の省力化」 『JREA』 1969年9月号 Vol12-9 p.49 日本鉄道技術協会刊
- 鉄道日本社(刊)、車輛工学社(編) 『車輛工学』
- 鈴木王作 古沢実「ヤ450形式架線延線車<新車紹介>」1971年5月号 Vol40-5 pp.13 - 18
- 車両電気協会刊『車両と電気』
- 村井健三「事業用貨車(その2)続2」1971年9月号 Vol17-9 pp.24 - 26
- 鉄道電化協会刊『電気鉄道』
- 十束道郎 秋山勤「新型架線延線車の開発」1971年6月号 Vol25-6 pp.8 - 11
- 角野勇 駒形直幸「電車線延長工事の機械化」1980年5月号 Vol34-5 pp.11 - 14
- 「山陽新幹線新大阪・岡山間電気工事誌」 1973年 日本国有鉄道大阪電気工事局