利用者:Ks aka 98/管理者の責任

関係する法律など[編集]

いちおう、ぼくがどういうことを根拠に、どうふうに考えているかというのを、まとめておきます。

「ウィキペディア日本語版の管理者」は、その責任について考えようとすると、かなりややこしい立場にあります。

管理者が削除したり、削除しなかったりすることで問題となる記述やファイルとしては、著作権侵害、名誉毀損、プライバシーの侵害、わいせつ物や児童ポルノなどがあります。

  • 管理者は、加害者でも被害者でもありません。この点ではプロバイダと共通します。
  • サイトの運営はウィキメディア財団であり、あるいはコミュニティ全体です。
  • 財団との雇用関係はありません。また、何かを強制されているという文書や実態はありません。
  • 管理者、加害者、被害者の多くは、日本に住んでいると考えられます。
  • 管理者の組織というものもありません。管理者間で何かを強制されているという文書や実態もありません。
  • 制度として削除するかどうかを決めるものではないですが、技術的に本文や写真を削除することができます。
  • 明白に権利を侵害しているものについては、合意を待たずに削除することができます(即時削除の一部、緊急削除、雪玉条項、存命人物の伝記など)

加害者でも被害者でもない立場の責任については、日本ではプロバイダ責任制限法があります。

ところが、財団は日本にありません。合衆国判例などからは、いわゆるディストリビュータとして、原則的にコンテンツには責任を負わないという立場です。DMCAなどに基づいて財団に削除要請などをする場合は、それに応じて対応をするでしょうが、各プロジェクトでの削除依頼などには関与しないということになります(免責事項参照)。

財団とのつながりを重視するなら、合衆国の例を考える必要があります。著作権についてはDMCAでノーティス&テイクダウンでいいんじゃないかな。名誉毀損関係は吉田和夫「ネットワーク上の名誉毀損」PDF)や、通信品位法230条絡みに重点を置いた[1]が参考になります。

プロバイダ責任制限法における「特定電気通信役務提供者」は「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」ですから、ウィキペディア日本語版の管理者がプロバイダ責任制限法の適用を受けるとは考えにくいように思います。なお、プロバイダ責任制限法は、わいせつ物陳列や児童ポルノなどは扱っていません。

国内のプロバイダの責任に関する裁判例の概観は「プロバイダ責任制限法に係る事業者対応. 及び係争事案等の動向調査報告書」(平成18年2月。PDF)で、ある程度得られます。著作権が中心ですが、合衆国のことも含めてまとめられている山本隆司「プロバイダ責任制限法の機能と問題点」(2002年)のほうがわかりやすいかもしれません。日本の管理者がプロ責法で扱われるかどうかはわかりませんが、立法以前の裁判例がいくつかあり、運営者だけではなく、いわゆる管理人、シスオペ個人の責任が問われています。意見や論理が一審と控訴審で食い違っているものもありますが、判断の基準はある程度つかめると思います。

  • 「そのフォーラムのシステム・オペレーターが、フォーラムに他人の名誉を毀損する発言が書き込まれていることを具体的に知ったと認められる場合には、当該システム・オペレーターは、その者の名誉が不当に害されることがないよう必要な措置をとるべき条理上の作為義務があるとし、作為義務違反についてシステム・オペレーターが不法行為責任を負う」。(現代思想フォーラム事件一審[2]
  • 「一定の場合,シスオペは,フォーラムの運営及び管理上,運営契約に基づいて当該発言を削除する権限を有するにとどまらず,これを削除すべき条理上の義務を負うと解するのが相当である」。(現代思想フォーラム事件控訴審[3]
  • 「ネットワークの管理者が名誉毀損文書が発信されていることを現実に発生した事実であると認識し」、「名誉毀損文書に該当すること、加害行為の態様が甚だしく悪質であること及び被害の程度も甚大であることなどが一見して明白であるような極めて例外的な場合」に限定して、ネットワークの管理者が発信を妨げるべき義務を被害者に対する関係においても負う。(都立大学事件[4]/「3 都立大担当職員が原告らとの関係で本件文書の削除義務を負うかどうか」以下)
  • 現代思想フォーラム事件に関係して合衆国の不法行為法を応用して法学者が検討したものとして[5]

とはいえ、先行する判例を踏まえての立法として、プロ責法も参考になるでしょう。同法3条では、「技術的に」削除できることに加え、情報の流通および権利侵害を知っていたとき、又は知ることができたと認めるに足りる相当な理由があるときでなければ、削除しなくても損害賠償責任が発生しないとされています(要件に該当した場合に当然に損害賠償責任があることとなるわけでもない)。善意無過失なら損害賠償責任は発生しない。悪意、過失なら発生する。削除については「技術的に」です。山本「・・・の機能と問題点」では、監視義務はなく、確認義務と削除義務がある、としています(13ページ)。別論で侵害が明白な場合はほとんどないとしていますが(9ページ)、2ちゃんねるがらみの事件では侵害が認められている例があります。著作権だと、たとえば小学館事件控訴審[6]

  • 「認めるに足りる相当の理由」とは、通常の注意を払っていれば知ることができたと客観的に考えられることである。どのような場合に「相当の理由」があるとされるのかは、最終的には司法判断に委ねられるところであるが、例えば、関係役務提供者が次のような情報が流通しているという事実を認識していた場合は、相当の理由があるものとされよう。
    • 通常は明らかにされることのない私人のプライバシー情報(住所、電話番号等)
    • 公共の利害に関する事実でないこと又は公益目的でないことが明らかであるような誹謗中傷を内容とする情報
  • 逆に、以下のような場合には、「相当な理由があるとき」には該当せず、関係役務提供

者は責任を負わないものと考えられる。

    • 他人を誹謗中傷する情報が流通しているが、関係役務提供者に与えられた情報だけでは当該情報の流通に違法性があるのかどうかが分からず、権利侵害に該当するか否かについて、十分な調査を要する場合
    • 流通している情報が自己の著作物であると連絡があったが、当該主張について何の根拠も提示されないような場合
    • 電子掲示板等での議論の際に誹謗中傷等の発言がされたが、その後も当該発言の是非等を含めて引き続き議論が行われているような場合

わいせつ物陳列罪など刑法に関しての学説は総務省の資料がありました[7]。これをみると、プロバイダに責任を負わせることは難しいという意見が多いですが、少数ながら「違法な情報の存在を知りながら一定期間放置した場合、情報発信者の犯罪の幇助罪に問われる可能性がある」というような意見があります。

あとは、名誉毀損となる投稿を行った者からの削除要請に対して管理人が削除が行なわれなかったときに、投稿者の不法行為の終了は削除要請をしたところで終了しているという判例がありますね。

これらを概観すると、加害者でも被害者でもない立場が責任を負わされる場面は、かなり限定されます。それがまあ、プロ責法の「技術的に」削除できることに加え、情報の流通および権利侵害を知っていたとき、又は知ることができたと認めるに足りる相当な理由があるとき、でしょうね。監視義務はないから、知らなければ問題はない。知っていたなら、注意義務や削除義務が生じることがある。しかし、それでも権利侵害かどうかの判断が難しければ、たいてい大丈夫。権利侵害が明白という範囲は、上記のとおりかなり狭いと考えられますし。

で、管理者は技術的に削除することが可能です、削除依頼の対処をする管理者は記述の存在を「知っていた」はずであり、対処していない管理者は、制度面からも実態からも記述の存在を「知ることができたと認めるに足りる相当な理由がある」とは言いにくい。とすると、削除した管理者が侵害しているのだと知っていたかどうか、が問われます。権利侵害かどうかの判断が難しければ、たいてい大丈夫としても、明らかに「侵害が明白」と判断されるようなものなら責任を問われる可能性は残ります。プロ責法では技術的な削除能力が要件になっているので、決定権がないという抗弁が通らない可能性もまた残っています。

コミュニティと技術的な削除権限保有者の関係もまた、難しいところです。審議参加者がそれなりの知識を持っているとは限りませんし、たとえば、悪意ある利用者が多重アカウントを用いて、侵害が明白な削除依頼に存続票が集まり、それに気付かないまま対処の時期を迎えるようなこともあるでしょう。考えられる一つは、技術的な削除権限保有者は合意に基づき機械的に対処するために責任を負わず、審議参加者が分散して責任を負う、あるいは技術的削除権限保有者および審議参加者が共同して責任を負う、あるいは技術的な削除権限保有者を最終判断者として重視し、コミュニティの意見は決定に対して支配的だが助言や説明に留まるものと捉える。どれになるかはわかりません。三つ目の事案として捉えるなら、原告らが、被告らに対し、主位的に、被告らが訴外会社らに対し誤った説明、指導をしたことが著作権侵害行為の教唆、幇助に当たると主張し、予備的に、被告らの不作為により訴外会社らによる著作権侵害を招いたと主張して、民法709条、719条2項に基づき、損害賠償を請求した事案として、国語副教材への作品無断使用事件(日本図書教材協会)[8]という例があります。

ウィキペディアの文書としては、管理者は、明らかなプライバシー侵害の場合や非公開での議論の必要がある場合、管理者・削除者は通常の審議を省略して削除する場合もあります(Wikipedia:削除の方針)し、出典無しに否定的な論調の存命人物の伝記を発見したが、差し戻すべき中立的な観点による版がない場合、議論を経ることなくその記事を削除すべき(Wikipedia:存命人物の伝記)です。Wikipedia:即時削除の方針からは、「(列記した条件に合致する)著作権侵害が明白であると判断されるもの(全般9)や「ファイルの内容およびファイルページの記述によれば、著作権法上の理由により自由利用できないことが明らかであって、自由利用できないファイルの受け入れ方針にも適合しないファイル」(ファイル6)は、即時削除ができます。削除の合意がないものについての存続終了に対して、ケースBに該当する案件は対象外としています(Wikipedia:削除の方針)。

これらは、管理者自身が侵害が明白と判断できる場合に、削除を可能とすることで侵害がある状態を早期に回避させることができ、コミュニティが存続としていても侵害が明白と判断している場合に、管理者が存続で終了させることで責任を負うはめになってしまうことを避けられるようになっています。