利用者:Mitsuhiro Todo/sandbox
- 応援歌
- 応援団
- 空はコバルト
- 若き情熱
- ふるえ我らが南高健児
- おお九百の
- 生徒が大学野球を報じるニュース映画を通して大学の応援団に憧れ、二中・二高に応援団設立の機運が高まり、吉村和夫が各学年に働きかけ教師の許可も得て、1940年代後半に設立された。
- 初代団長は吉村和夫であり、後に息子の吉村和文、孫の吉村和彬も団長となっていた[1]。
- 当時生徒会のような組織は成立しておらず、実質的な生徒の統率組織であった。
- ^ “『山形南高等学校 応援団の責任』”. 約束の地へ…Love&Peace. 2021年12月27日閲覧。