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中村聡一(なかむら・そういち)は、日本のテニスプレーヤー、ファイナンシャル・アドバイザー、リベラルアーツ教育研究者である。
現在(2021年6月)は、兵庫県の甲南大学で教える。実務家教員として、国際ビジネスやファイナンスの講座を担当。
経歴
[編集]テニス
[編集]関東ジュニアテニス選手権U12シングルスに優勝した際に、飯田藍が主管するグリーンテニスクラブ町田鶴川のジュニア育成プログラムに勧誘される。
飯田藍が東京調布市の桜田倶楽部に移籍したことから、中村も練習の場を移した。桜田倶楽部としては、第一期のテニス選手である。
全仏オープンやウインブルドン等の国際大会では、ATPランキングでトップ10入りした強豪選手らと戦い、アモス・マンスドルフ(イスラエル)やアンドレイ・チェスノコフ(ロシア)らに勝利している。ITF世界ジュニアランニングは最高7位。
その後、日本テニス協会にプロ登録し、テニス選手としての活動を継続する。
国内大会は、全日本選手権だけに照準を絞って出場。16歳から23歳まで8回連続で本選出場している。1986年大会では、桜田倶楽部同門の丸山薫との一回戦を制してから、田村伸也、竹内映二、福井烈、坂本真一ら強豪選手を破って決勝に進出している。同年、全日本テニス順位一般男子シングルス1位。
ファイナンシャル・アドバイザー
[編集]コロンビア大学の学部課程を優等の成績で卒業する。その後は、やはりコロンビア大学のグローバル政策大学院でファイナンスを専攻する。卒業後、ファイナンシャル・アドバイザーとして、国際畑でビジネス系のキャリアを積む。
KPMG社で当時は最年少の日本人パートナー。日立製作所による海外コンピュータ販社再編プロジェクトや、米国ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティ(NGS)の日経BP社との合弁プロジェクトなどの国際案件に関わる。
リベラルアーツ研究者
[編集]甲南大学着任から数年後、リベラルアーツをテーマとするゼミ講座を開始。当初は、比較的少人数の学生と主要図書を輪読するスタイルであった。数年して、サバティカルの機会を得たことから、本格的にリベラルアーツ教育の研究に打ち込むようになる。