利用者:Omotecho/ユトレヒトの船
ユトレヒトの船 | |
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ユトレヒトの船(中央博物館収蔵) | |
基本情報 | |
船種 | 貨物船 |
船籍 | ライン川 |
経歴 | |
竣工 | 997年-1030年 |
現況 | 博物館資料 |
要目 | |
全長 | 17.8メートル (58 ft) |
幅 | 3.8 m (12 ft) |
深さ | 0.7メートル (2.3 ft) |
機関方式 | 帆走 |
ユトレヒトの船 (英語: Utrecht ship)はオランダのユトレヒトで発掘された古代の貨物船。ユトレヒト市街地から1930年に出土した10世紀の貨物船である。現在は中央博物館が収蔵し展示する[1]。
構造
[編集]建造の時期は大まかに997年以降1030年までの間と推定される。素材はオランダに自生するオーク材をくり抜き全長17.8メートル (58 ft)の船底側を造り、その後、補強のために梁材を置き全幅3.8 m (12 ft) の船端を支える肋材を配して船底を張った。吃水はおよそ0.7メートル (2.3 ft)。この船体の積載量はおよそ13トンと計算される[1]。
船の用途はライン川を介した交易に使われた貨物船と考えられ、動力は帆を張ったという[2]。
発掘
[編集]ユトレヒト北部の市街地で発掘作業が行われ、1930年12月3日に遺物が出土した。当初はローマ帝国時代の船だろうと取りざたされたが、1950年代に木材の年輪測定を施すと造船の年代は10世紀前後と、もっと時代が若いと推定された[3]。
その後、シャイレンブルク中央博物館館長(W. C. Schuylenburg(1875年生-1945年没)の時代に資料の防腐処理が決まると、鉄道の引込み線を延伸させて積み出し、ヴェヘト川(Vecht)から船に載せ替えて運んだ。同館の地下で永久展示することが決まると、いったん、博物館の外壁を壊して船を搬入した[4]。
防腐処理に先立ち、国外の研究者の視察を受けて協議を重ねた結果、部材単位に分解することと、保護剤にカルボリンと亜麻仁油の混合液を使うように館長は指示し、造船所で作業をさせた[4]。
展示施設
[編集]1936年以来、ユトレヒト市内の中央博物館で公開している[5]。
脚注
[編集]- ^ a b “Het Utrechtse Schip”. centraalmuseum.nl (2017年). 27 April 2023閲覧。
- ^ “Het Utrechtse Schip”. museumtijdschrift.nl. 27 April 2023閲覧。
- ^ “Het verhaal van het schip in het Centraal Museum(中央博物館の船の物語)” (オランダ語). utrechtaltijd.nl (19 December 2016). 2023年4月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。27 April 2023閲覧。 “木の年輪を分析することにより(いわゆる年輪年代学)、ユトレヒトの船は11世紀初頭すなわちこの都市が交易のかなめであった時代に造られたと判明した。ライン川の舟運と交易に用いられた。”
- ^ a b “Nieuws Utrechts Schip(ユトレヒトの船、お知らせ)” (オランダ語). oud-utrecht.nl (1 April 2022). 2023年6月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。27 April 2023閲覧。 “ユトレヒトの船は中央博物館の地下に展示してあり、経年変化ではなく、時間とともにますます若返るという並外れた特徴を備える。この船は1930年の発掘当初は古代ローマ帝国時代の船と考えられた時期がある。その根拠にユトレヒトはかつてローマ人の領土であった点が挙げられた。現代の私たちは、さまざまな知識を得た。歴史家Renger De Bruin(レンガー・デ・ブルーイン)の説を紹介する。”
- ^ Raasveld, Erwin (22 April 2023 2023). “Is het Utrechtse stinkschip vandaag precies 1000 jaar oud? 'De jaarringdiktes zijn een soort streepjescode'(ユトレヒトの臭い船は今日でちょうど1000年目か? 「年輪の厚みは一種のバーコード」)” (オランダ語). rtvutrecht.nl. 2023年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。27 April 2023閲覧。
関連資料
[編集]脚注の典拠ではないもの。発行年順。
- W.C. Schuylenburg(発信)"Brieven van W.C. Schuylenburg aan Jacob Wijbrand Muller"、1931年。J.W. Muller宛書簡(1858生-1945没)。オランダ語、ユトレヒト市古文書。) LTK 2018
- W.C. Schuylenburg(発信)"Brieven van W.C. Schuylenburg (1875-1945), Oud-Archief der Gemeente Utrecht, geschreven aan Maria Elizabeth Kronenberg"年。135 H 41マリア・エリザベス・クローネンバーグ宛て書簡(1881生-1970没)。オランダ語、ユトレヒト市古文書。
- W.C. Schuylenburg(発信)"M.E. Kronenberg, Utrecht, Oud-Archief der Gemeente Utrecht"。M.E. Kronenberg宛て書簡。オランダ語、1931年-1938年。
- W.C. Schuylenburg(発信)"Verzameling brieven geschreven aan Maria Elizabeth Kronenberg" (1881-1970), incunabuliste(マリア・エリザベス・クローネンベルク宛ての書簡集(1881-1970)、1931年-1938年、インキュナブリスト)
- W.C. Schuylenburg(発信)"Brief van W.C. Schuylenburg aan Pierre Henri Ritter (1882-1962)" (ピエール・アンリ・リッター(1882生-1962没)宛ての書簡、下書き、1932年。)
- "Brieven van Centraal Museum Utrecht geschreven door W.C. Schuylenburg (1875-1945), Karel Gerard Boon en Elisabeth Houtzager (1907-2001) aan Johannes Aloysius Antonius Engelman (1900-1972)" E 03171 B 2(ユトレヒト中央博物館公文書。発信人:W.C. Schuylenburg(1875生-1945没)、Karel Gerard Boon、Elisabeth Houtzager(1907-2001生没)"Johannes Aloysius Antonius Engelman(1900生-1972没)宛て書簡、1940年-1953年。
- W.C. Schuylenburg(受信)"Brieven van De Erven F. Bohn Haarlem aan W.C. Schuylenburg" BOH C 22(W.C. シャイレンブルク宛ての書簡。ハーレムのデ・アーヴェン・F・ボーン発信)オランダ語、2013年。
外部リンク
[編集]en:.template:Oldest surviving ships (pre-1919)Template:Oldest surviving ships (pre-1919) [[Category:990年代]] [[Category:オランダの考古遺跡]] [[Category:帆船の船名]] [[Category:博物館の収蔵品]] [[Category:オランダの文化 (都市別)]] [[Category:オランダの歴史関連のスタブ項目]]