利用者:Omotecho/ランゴレン
スランゴスレン(Llangollen ウェールズ語: [ɬaŋˈɡɔɬɛn] ( 音声ファイル) 、ランゴレンとも)は、ウェールズのデンビーシャーにある町とコミュニティを指す。ディー川に面し、街の背後にあるバーウィン山系はクルイディアン山脈ディー渓谷特別自然美観地域のディー渓谷部分に相当し、街はディー渓谷遊歩道の最東端である。国勢調査によると人口は3,658人(2011年時点)[1]。
歴史
[編集]地名はウェールズ語でラン(llan)「宗教的和解」と7世紀のキリスト教の僧侶の聖コレン(St. Collen)に由来する[2]。この人物は伝承によると川舟のコラクルに乗ってこの地に着いたとされ、川岸に教会を建てたという[3]。現在は聖コレン教会と呼ばれ、ウェールズでこの聖人に献名された教会は唯一ここだけで、コーンウォールの聖人コラン、あるいはブルターニュの聖人ランゴランと何らかの関連があったとも考えられる[要出典]。
歌と童謡
[編集]この地名は、ウェールズの民謡や近現代の歌に登場する。作者不詳の歌詞は、ディー川にかかる橋を「ウェールズの七不思議」に数えている。
- 伝統民謡 "Llangollen Market"(「スランゴスレン市場」)
- イアン・チェスターマン "Ladies of Llangollen"(仮題「スランゴスレンの女性たち」)
- Arfon Gwilym. Pastai Fawr Llangollen (仮題『スランゴレンの大きなパイ』)
童謡「メリーさんのひつじ」("Mary had a little lamb")は、この土地のメアリー・トマスという女性と結びつけて語られるが(1842年スランゴレンの Ty Issa Farm 生まれ)、歌の起源は1830年のアメリカにあるため[注釈 1]間違いである。
確かに歌詞は可愛らしい物語を伝えるものの、子羊が学校について来てしまって困った少女は「スランゴレンのメアリー・トマス」(Mary Thomas of Llangollen)ではなく(中略)、実名をメアリー・ソウヤー(Mary Sawyer)といい、学校はレッドストーン校舎(Redstone Schoolhouse)、所在地はマサチューセッツ州スターリングである。—[4]
交通機関
[編集]ロンドン発ホーリーヘッド方面へ通じる国道A5線沿いにある。古くから郵便馬車が通う郵便集配ルート上にあり、重要な停車場でもあった。
バス
[編集]各方面行きのバスが利用でき、終点はレクサム、バーマス(Barmouth)、ケイリオグ渓谷(ウィキデータ)などさまざまなルートがある。高速バスのナショナル・エクスプレス・コーチは418号を走ってこの街を経由し、レクサムとシュルーズベリー、テルフォード、バーミンガムを経由してロンドンのターミナルへ向かう。
鉄道
[編集]旅客と貨物の輸送を担う鉄道は、1865年にスランゴスレンまで延伸した。路線はルアボンからエイカーバイルとトレバーを経由しており、そのうちのルアボン-バーマス区間はグレート・ウェスタン鉄道に組み込まれた。鉄道網の大幅な経営刷新をおこなった通称「ビーチング・アックス」(1964年)により、1965年初頭にこの町への旅客運輸をやめ、1969年4月には貨物車も来なくなった[5]。翌月には路線をいったん鉄道網から解除(1969年5月)[6]、やがて当地スランゴスレンとコーウェン間15km強は復帰、「スランゴスレン鉄道」と名付けて観光鉄道として機能している。 2002年にはレインヒル・トライアルの機関車試験運行をこの路線で実施、復活の道が開いた。
水運
[編集]エルズミア運河はかつて工業用の石炭輸送に活用され、ルアボンとレクサムの炭鉱から燃料を製鉄所に運んだ。さらにマージー川とセヴァーン川に接続した航路として近場の海の港と結ぶ計画であった。ところが計画変更によってディー川経由でトレヴァーを挟んで南北をそれぞれセバーン、北海と接続したあと、海へ出す代わりに、全国の運河ネットワークに連絡する方針で連絡部分の建設に着手した。東進してナントウィッチ近辺のハーレストン合流点に至ると、シュロップシア・ユニオン運河に入ったのである。
現在、スランゴスレン運河と呼ばれる水路は、トレバーまでスランタシュリオの堰(せき、通称ホースシュー滝)から水を引く導水路として設け、スランゴスレンまで航行可能である。運営会社の合併を経てシュロップシア・ユニオン運河に組み込まれ[7]、しばらくは同運河スランゴスレン支線と呼ばれていた。
クルーとナントウィッチへの給水量はディー川で足りており、水運事業は1940年代に失敗したが運河を埋めずに用途を給水に転換した。イギリス全土の他の人工水路と比べると、流れが最大時速2マイル毎時間 (3.2 km/h)と速い点で珍しい。やがて船で川遊びをするレジャー目的で使うようになったのが1970年代から1980年代で、ポントカサステ水道橋を通りウェールズの丘を越え、ディー渓谷を横切るルートとして、観光客をひきつける重要な魅力であり、休暇の過ごし方をアピールしてきた。夏季に到着した船人は、川船の旅の終着点にマリーナに停泊し、スランゴスレンで1泊できる。
スポーツ
[編集]ディー川沿いのスポーツでは、ホワイトウォーターでカヌースラロームとカヤックが行われ、国内外から選手を集めて競技会を催した実績は国際カヌー連盟(ICF)、ヨーロッパカヌー連盟(ECU)、イギリスカヌー連盟(BCU)のすべてのレベルである。
クリケット[8]、サッカーとラグビーユニオンはタワーフィールドに各地のチームが集まり、地域内と国際試合に参加する。競技場から見える野原と公会堂は、文学・音楽等を競うウェールズ地方の芸術祭「アイステズボド」の会場としても知られており、このフェスティバルは吟遊詩人の作品を競い合った故事にならっている。町の南の渓谷から上昇気流が吹き上げ、パラグライダーには良い条件が整う。うねるように続く丘はマウンテンバイクの腕試しが楽しめる。
この町は1942年6月7日、イギリスの公道で初開催されたマススタート形式のバイクレースの出発点であった。全長59マイル (95 km)、「スランゴスレン・ウォルヴァーハンプトン競走」は、主催者のパーシー・スタラードが自転車競技の統括団体「全国サイクリスト連合」を無視して準備を進め、コース沿線の全ての警察支署の署長から同意書を取り付け、開催に漕ぎ着けた[要出典]。
出身の著名人
[編集]- グリン・ジェームズ(Glyn James):元プロサッカー選手、ブラックプール所属(1960年代–1970年代)。出場試合数400戦超、サッカーウェールズ代表選出全9回[要出典]。
- エレノア・バトラーとサラ・ポンソンビー(Eleanor Butler、Sarah Ponsonby):『スランゴスレンの貴婦人たち』[9][10]として語り継がれる女性ふたり[注釈 2][注釈 3][注釈 4]。
脚注
[編集]
注釈
[編集]- ^ (前略)元の童謡は1815年にジョン・ロールストーン(John Roulstone)がアメリカで書き1830年に『Juvenile Miscellany』(仮題:『少年雑事』)という雑誌に初出した。スランゴレンでメアリー・トマスが誕生したのは、その12年後[4]。
- ^ バトラーとポンソンビーは性的少数者の話題の一つ[11]として語られる。
- ^ 『ポンソンビー書簡集』(仮題)にはバトラーと交わした手紙に加えウェールズに暮らした居宅の水彩画2点、1階部分の間取り図、フランス語で記した詩を収める。その挿画[12][13]としてハーバード大学ヒュートン図書館に彩色したペン画3点があり、それぞれ『スランゴレン谷の別荘の1階間取り図[14]』、同じく建物の正面と周辺の景色(無題[15])、また建物の背面と周辺の景色(無題[16])という。研究論文にはElizabeth Mavorによる考察『Life with the ladies of Llangollen』[17]、Fiona Brideoake は文学史におけるクィア文化の先駆とする既出の論を考証して『同性間の異例な慈しみ:クィアコミュニティと「スランゴスレンの女性たち」』以下2件を発表[18][19]、Sophie Jade Slater らによる考察[20]、Deborah Lynn Pfuntnerの考察[21]などがある。
- ^ バトラーとポンソンビーの『スランゴスレンの貴婦人たち』は表紙を白とピンク色の布で装丁し綿を入れキルティングを施した。それにカバーがかけてあり、同じ色目のサテン生地を使って2箇所のポケットには緑と金色の刺繍入り。また付属品として銀糸で編み同色の房を付けた袋が保管されている[22]。
出典
[編集]- ^ “Community population 2011”. 24 May 2015閲覧。
- ^ “The official website for Llangollen - where Wales welcomes the World”. www.llangollen.org.uk. 2021年9月3日閲覧。
- ^ “Llangollen”. Llangollen. 28 May 2013閲覧。
- ^ a b “Mary Had a Little Lamb(メリーさんのひつじ)”. Stories, Myths & Legends. Llangollen Museum. 2021年11月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2 February 2008閲覧。
- ^ Lawton 2000, p. 20.
- ^ Lawton 2000, p. 21.
- ^ “Llangollen Canal”. Canal and River Trust. 5 December 2017閲覧。
- ^ Llangollen Cricket Club Archived 29 July 2012 at Archive.is
- ^ “The Ladies of Llangollen” (英語). The British Museum. 2021年9月3日閲覧。
- ^ 古木 宜志子、Furuki Yoshiko(著)、津田塾大学紀要委員会(編)「A Description of Millenium Hallを読む--The Ladies of Llangollenに関連づけて」『津田塾大学紀要』第37号、2005年、95–105頁、ISSN 0287-7805、OCLC 5171319222。
- ^ テキサス大学サンアントニオ校舎のアーカイブ「WomanSpace, February 1997」“The story of Lesbian Unions (cont'd)”. server16018.contentdm.oclc.org. テキサス大学サンアントニオ校舎収蔵(UTSA Digital Collections : Compound Object Viewer). 2022年1月5日閲覧。
- ^ Ponsonby, Sarah. To Lady Frances Douglas : these memorandums of a cottage whose inhabitants are proud to boast the obligations her frienship has conferred : drawings, 1788.OCLC 786406334、ダウンロード可能な視覚資料 : アーカイブ資料。 Butler, Lady Eleanor; Douglas, Lady Frances.
- ^ Ponsonby, Sarah ; Butler, Lady Eleanor; Douglas, Lady Frances. To Lady Frances Douglas : these memorandums of a cottage whose inhabitants are proud to boast the obligations her frienship has conferred : drawings, 1788.OCLC 970408225、ダウンロード可能な視覚資料 :アーカイブ資料。
- ^ “資料番号hyde_ms_eng_1225_floor_plan_first_floor”. iiif.lib.harvard.edu. Harvard Image Delivery Service. ハーバード大学ヒュートン図書館. 2022年1月5日閲覧。
- ^ “資料番号hyde_ms_eng_1225_watercolor_front_view_cottage”. iiif.lib.harvard.edu. Harvard Image Delivery Service. ハーバード大学ヒュートン図書館. 2022年1月5日閲覧。
- ^ “資料番号7329237”. iiif.lib.harvard.edu. Harvard Image Delivery Service. ハーバード大学ヒュートン図書館. 2022年1月5日閲覧。
- ^ Ponsonby, Sarah ; Butler, Lady Eleanor; Mavor, Elizabeth. Life with the ladies of Llangollen.ISBN 0670800384, 9780670800384、OCLC 973584744、学位論文/卒業論文。 . Harmondsworth, Middlesex, England ; New York, N.Y., U.S.A. : Viking, 1984.
- ^ Brideoake, Fiona. "Extraordinary Female Affection": The Ladies of Llangollen and the Endurance of Queer Community. モントリオール大学出版局(Université de Montréal Érudit)、2004年。OCLC 748689477、ダウンロード可能な記録資料。Anna Seward ならびに Anne Listerは、バトラーとポンソンビーという同性カップルの地位は、男性目線のロマンチックな概念に挑戦しており、標準的な作品とは分岐すると唱えた。Brideoake はこの既出の説に反論。
- ^ Brideoake, Fiona. "The future arrives late" : queering the ladies of Llangollen、オーストラリア国立大学、2007年。OCLC 845628977、博士号学位論文 : アーカイブ資料。
- ^ Slater, Sophie Jade ; Bevacqua, Maria ; Corley, Christopher ; Purdue, Melissa. Deviant Desires: Gender Resistance in Romantic Friendships Between Women during the Late-Eighteenth and Early-Nineteenth Centuries in Britain. ミネソタ州立大学マンカト校舎(Minnesota State University, Mankato)、2012年。 、学位論文/卒業論文 : 電子書籍。
- ^ Romantic women writers and their commonplace books.テキサスA&M大学、78-06A、アナーバー : プロクエスト〈 Dissertations & Theses〉、2016年。ISBN 9781369334203, 1369334206、OCLC 1257962827、博士号学位論文 : 電子書籍・電子ファイル。
- ^ Ponsonby, Sarah ; Butler, Lady Eleanor ; Douglas, Lady Frances. To Lady Frances Douglas : these memorandums of a cottage whose inhabitants are proud to boast the obligations her frienship has conferred : drawings, 1788.OCLC 970408225、ダウンロード可能な視覚資料
参考文献
[編集]- Lawton, Paul (2000) (英語). Llangollen Station - A History. Llangollen [?] : A Purely Local Publication. / Chester : W.H. Evans. OCLC 750935099 44ページの小冊子。経路図、人物の肖像写真入り。15×21cm。
関連項目
[編集]関連資料
[編集]- Roulstone, John ; Sarah Josepha Buell Hale. (1905). Mary had a little lamb, and other stories. フィラデルフィア: H. Altemus Co. OCLC 41202792. OCLC 21369286.
- メアリー・ゴードン『夢を追って : ランゴーレンの貴婦人たち』古木宜志子(訳・解説)、東京 : 彩流社、2003年。ISBN 4-88202-817-4、原題は『Chase of the wild goose』。
外部リンク
[編集]- Omotecho/ランゴレン - DMOZ
- ウェールズ北東版:スランゴスレン :BBCウェールズ支局(2008年4月22日時点 アーカイブ版)
- スランゴスレンとその周辺の写真 :www.geograph.org.uk(2020年1月31日時点 アーカイブ版)
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