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利用者:T-halfmarathon/sandbox

高槻シティハーフマラソンは、大阪府高槻市で毎年1月に開催されているハーフマラソンである。コンセプトは”走る喜びと楽しさ、支える歓びと誇り"。

歴史

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大阪府高槻市にて、1992年に「高槻市制50周年記念事業プレイベント」として「高槻ライオンズクラブ」により企画、市内各種団体・自治会の協力のもとに実施され、翌年に「高槻市制50周年記念イベント」として開催された。 以後、高槻市の市民マラソンとして定着している。高槻市民からなる75の団体が実行委員会を形成し運営している”市民手作りの大会”が特徴である。第22回(2014年)より独立行政法人日本スポーツ振興センター「スポーツ振興くじ助成金交付事業」として認定を受けている。※1994年は開催されていない。

概要

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日程   毎年1月の最終日曜日に開催される「大阪国際女子マラソン」の前週の日曜日に設定されている。

種目    ハーフマラソンの他、10km、5km、エンジョイ2.7km(小学生)がある。

主催   高槻シティハーフマラソン実行委員会

共催   高槻市 高槻市教育委員会

後援   大阪府  大阪府教育委員会  近畿地方整備局淀川河川事務所  高槻商工会議所  (公社)高槻市観光協会  (公財)高槻市みどりとスポーツ振興事業団 

     サンケイスポーツ 産経新聞社  J:COM高槻 

主管   高槻市陸上競技連盟

募集人数 ハーフ4,700名を含む全体の募集人数は8,000名。

コース

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第1回(1992年)のみ高槻市役所を発着点とし、市北部を走るコースであった。第2回目(1993年)から高槻市総合スポーツセンター(芝生町4丁目)をスタートし、大塚3丁目から淀川沿いを北上し、道鵜町で折返し高槻市立総合スポーツセンターにゴールするコースとなるが、第23回(2015年)にゴール位置を芝生町2丁目第三中学校南側に変更した。これにより長年の懸案事項であったゴール直前の市道横断によるランナーストップが解消された。

申込者数

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第1回(1992年)の申込者数は2,169名であった。2007年「第1回東京マラソン」を契機に急増し、第16回(2008年)の申込者数は初の6,000人台を突破、以降年々申込者数は増加したが、第19回(2011年)から8,000人を定数とした。

協賛・支援について

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地元企業・店舗を中心に多数の企業、団体が協賛・支援を行っている。人的支援については、45の市内団体、30のスポーツ団体のほか地元自治会、各学校、公的機関の協力を得て安全な運営に努めている。また大会1週間前からの準備作業には市民公募ボランティアも多数参加している。※公募ボランティアの参加方法については公式ホームページにて。

チャリティ

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第3回(1995年)より「阪神淡路大震災復興支援」「カンボジア対人地雷被害者救済支援」「東日本大震災復興支援」などのサブタイトルを掲げ、参加費の一部をチャリティ募金としてしてきた。第25回(2017年)は「熊本地震被災者復興支援」として開催される。


ゲスト

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第2回(1993年)  カーラ・ビュースケンス、君原 健二、山田 敬蔵
第3回(1995年)  カーラ・ビュースケンス
第4回(1996年)  増田 明美
第5回(1997年)  高石 ともや
第6回(1998年)  増田 明美
第7回(1999年)  ローレンモラー
第9回(2001年)  山本 佳子
第10回(2002年) 有森 裕子
第11回(2003年) 有森 裕子
第12回(2004年) 有森 裕子
第13回(2005年) 野口 みずき
第14回(2006年) 谷川 真理
第15回(2007年) 谷川 真理
第16回(2008年) 高橋 千恵美
第17回(2009年) 高橋 千恵美
第18回(2010年) 小﨑 まり
第19回(2011年) 千葉 真子、長田 成哉(瀧本 美織)
第20回(2012年) 中山 竹通、朝原 宣治、大南 博美、大南 敬美
第21回(2013年) エリック・ワイナイナ
第22回(2014年) エリック・ワイナイナ
第23回(2015年) 山口 衛里
第24回(2016年) シャンプーハット

リンク

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高槻シティハーフマラソン公式ホームページ(http://t-marathon.org/)