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その他の特徴[編集]

奥羽本線の福島 - 米沢間に存在する各駅は、峠駅を除いて旧米沢街道宿場町に接する形で作られた。かつて街道に存在していた宿場町、李平(すももだいら)との連絡が可能な場所に当駅もまた設置されており、トンネル崩落という事故対応によって駅となりながら、しかし修復後に再び信号所へと降格されかった理由の一つとして、当時は周辺にこの集落が存在していたということがある。

しかしながら、米沢街道自体は難路としても知られていたため、奥羽本線の開通などの影響を受け早くから衰退を強める事となった。「散歩コース、駅構内から松川を越えて旧米沢街道まで一時間」[1]との記述も見えるが、李平の宿も大正時代には廃村となっており、対岸へ渡る橋も存在しない。

この様に近在する宿場町を失い、駅名の元となった赤岩集落や隣接するイラ窪集落などが全て無住となった現在、福島市の大平地区のみが、事実上、当駅の利用者を擁する唯一の集落となっている。しかしこの大平地区もまた他集落との交通手段に乏しく過疎状態にあり、年々利用者の減少が続いている。

駅と大平地区との連絡も林道に限られているが、駅で降りても徒歩でたどりつくのは容易ではない。[2]また冬季には、積雪により通行そのものが事実上不可能となり、外界との連絡手段はほとんどなくなる。 これらの理由のため、当駅は秘境駅の一つとして一部の鉄道ファンなどから人気が高い。[3]

  1. ^ 青木雄千代 『ふくしま各駅停車』(1977)
  2. ^ 片道で30分ほどを要する。乗用車などでの通行も可能ではあるが、急カーブ、幅員狭小、路面荒れの酷さなどのため、通行にはかなりの困難が伴う。
  3. ^ 菊池直恵 『鉄子の旅』第3巻第22旅
    • 1957年12月25日 - 国鉄バス普代線田野畑沼袋 - 下江川間 (10km) 開業。
    • 1977年5月1日 - 国鉄バス田代線田代口 - 下江川間廃止。
    • 1986年8月1日 - 国鉄バス三沢線夏節口 - 陸中一ノ渡間廃止、田野畑交通による代替運行開始。