加藤磐斎
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加藤 磐斎(かとう ばんさい、寛永2年(1625年) - 延宝2年8月11日(1674年9月10日)は、江戸時代前期の歌人、俳人、和学者。出生地は摂津国山田。通称は新太郎。踏雪・臨淵の軒号、冬木斎・等空・磐斎などの号を用いた。なお、「盤斎」は誤りである[1]。
伊勢物語新抄、土佐日記見聞抄、清少納言枕草子抄、方丈記抄、徒然草抄、諷増抄、百人一首抄、新古今増抄、三部抄増註、俳諧歌(俳論書)などを著す。
参考文献
[編集]- 小高敏郎「加藤磐斎の伝とその文事」、『近世初期文壇の研究』、明治書院、1964年
- 藤関吉徳「加藤磐斎伝記考証」、「国文学」、関西大学、第63号、1986年10月
注
[編集]- ^ 小高敏郎『近世初期文壇の研究』明治書院(原著1964年11月)、367頁。ASIN B000JAEZHU。