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助川徳是

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
助川 徳是
人物情報
生誕 (1933-02-21) 1933年2月21日
日本の旗 日本東京都
死没 2016年6月19日(2016-06-19)(83歳没)
出身校 東京大学
学問
研究分野 文学(日本近代文学)
研究機関 福岡女子大学名古屋大学
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助川 徳是(すけがわ のりよし、1933年2月21日 - 2016年6月19日)は、日本近代文学研究者。名古屋大学名誉教授。

経歴

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1933年、東京生まれ。東京大学を卒業し、東京大学大学院人文科学研究科博士課程を満期退学[1]

その後は学習院高等科教諭となった。1967年、福岡女子大学助教授に就く。名古屋大学教養部教授となり、後に情報文化学部教授。1996年に名古屋大学を定年退官し、名誉教授となった。2016年6月19日、間質性肺炎のため中日病院で死去[1]。83歳没。

研究内容・業績

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  • 日本の近代文学を研究テーマとした。魚住折蘆に光をあてるなどの業績がある。

著書

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編・解説

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論文

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  • 助川徳是「安倍能成年譜」『香椎潟』第14巻、福岡女子大学、1968年8月、60-70頁、ISSN 02874113NAID 110004671845 
  • 助川徳是「啄木文学の原風景」『名古屋近代文学研究』第15号、名古屋近代文学研究会、1997年12月、81-88頁、ISSN 02890658NAID 40004471278 
  • 助川徳是「夏目漱石と日露戦争・序説」『香椎潟』第19巻、福岡女子大学、1973年10月、67-78頁、ISSN 02874113NAID 110004679840 
  • 助川徳是「啄木と折芦」『文芸と思想』第32号、福岡女子大学文学部、1968年11月、1-30頁、ISSN 05217873NAID 110000211978 
  • 助川徳是「荷風の「江戸」ノート」『文芸と思想』第36号、福岡女子大学文学部、1972年2月、1-9頁、ISSN 05217873NAID 110000212001 
  • 助川徳是「朝日文芸欄の一面」『文芸と思想』第31号、福岡女子大学文学部、1968年2月、1-14頁、ISSN 05217873NAID 110000211969 
  • 助川徳是「「漱石と白樺派」西垣勤」『国語と国文学』第68巻第4号、至文堂、1991年4月、p64-69、ISSN 03873110NAID 40001296897 
  • 助川徳是「荷風の習作」『研究紀要学習院高等科』第3号、学習院大学、1967年9月、123-113頁、NAID 110007818187 

脚注

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  1. ^ a b 【ウェブ便り12号】各種講演会等告知・報告 あいち文学ブログ(あいちウェブ文学館ブログ)

参考文献

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  • 文藝年鑑2007
  • 助川徳是「書韻の人」『香椎潟』第37巻、福岡女子大学、1992年3月、95-96頁、ISSN 02874113NAID 110004679913