北野吉登
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北野 吉登(きたの よしと、1895年3月17日 - 1981年4月22日)は日本の実業家。北野建設創業者。
経歴
[編集]長野県上高井郡保科村(現長野市)生まれ。保科高等小学校卒業。父の民蔵が明治35年(1902年)に創業した製糸業の「北野商店」を手伝うが、生糸相場暴落を機に、木材や土木建築の請負を開始し、事業の基礎を固める。早くから事業の一体性を考慮し、山林の経営にも着手した。昭和5年(1930年)上高井郡木材業組合長、続いて長野県木材業組合長を務める。同21年(1946年)北野建築工業を設立し、同23年(1948年)現行の北野建設に改称する。昭和38年(1965年)社長を北野次登に譲り、会長となる。長野県建設業協会副会長を務め、アメリカやヨーロッパ各地の建設業を視察し、事業を全国的に躍進させ、海外にも進出した。
メセナにも力を入れ、北野美術館や北野文芸座を創設、また私財を投じて若穂の清水寺の焼失した観音堂を再建させ、石燈籠も寄進した。国際ロータリークラブ長野会長も務めた。
栄典
[編集]参考文献
[編集]- 『長野県人名鑑』信濃毎日新聞社、1974年
- 『長野県歴史人物大事典』郷土出版社、1989年