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博多スターレーン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

博多スターレーン(はかたスターレーン)は、福岡県福岡市博多区博多駅東一丁目18番33号にあったボウリング場。「スターレーン」のブランド名でボウリング場を全国展開する株式会社イースタンスポーツが運営していた。

概要

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1972年11月に開業した[1]。84レーンを有するという、西日本最大級のボウリング場であった[2]JR博多駅筑紫口から徒歩4分と交通の便に優れていた。

ビル内にはアミューズメントスペースの他、イベントホールが併設されており、特にプロレスの興行が頻繁に行われていたことでも知られ、日本のプロレスにおける“西の聖地”とも呼ばれた[3]全日本プロレスを離脱した三沢光晴などのプロレスリング・ノア勢が全日本プロレスの興行に最後に出場した会場でもある[4]。過去にはプロボクシング興行にも使用され、元世界チャンピオン越本隆志のデビュー戦もスターレーンのリングであった。

ボウリング場ビル内にあるため、非常に低かった天井が特徴的であり、リング設置部分は後に天井を刳り貫く工事が施工された。また、フロアレイアウトの変更も容易であった[4]

2015年7月の豪雨で近くの御笠川の氾濫により浸水被害を受けたものの、それ以外は大きな休業もなく営業が続けられて来たが、2019年1月22日、施設の老朽化により同年3月31日をもって施設を閉鎖することを公表[1][5]、3月31日をもって閉館となった[2]。最終日はイベントホールでの展示会がキャンセルとなったことを受けて大日本プロレス東京女子プロレスDDTプロレスリングがプロレス興業を急遽企画。大日本は同日夜の名古屋大会(DIAMOND HALL)と、DDTは昼の福島大会(伊達市保原体育館)との変則ダブルヘッダーを設定したほか、最初で最後の博多スターレーン登場となった東京女子プロレスにはアジャ・コングが同マット初出場を果たすなど「一日3団体3興業」を敢行して幕を閉じた[3]

閉館後建物は解体されており、跡地にはNTT都市開発大成建設の共同事業「博多イーストテラス」が、2022年8月に完成した(当初は2022年6月の完成予定だった)[6]博多コネクティッド規制緩和第1号となり、博多駅周辺地区最大級の広場(公開空地)を有する地上10階建てのオフィスビルにになっており[7]、ボウリング場は入居していない。

施設

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脚注

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  1. ^ a b 博多スターレーンビル閉店のお知らせ”. 博多スターレーン (2019年1月22日). 2019年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月3日閲覧。
  2. ^ a b “昭和、平成…愛された2施設に幕 九電記念体育館・博多スターレーン”. 西日本新聞. (2019年4月1日). https://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_toshiken/article/498788/ 2019年4月20日閲覧。 
  3. ^ a b 1日3興行開催の“心意気”を残して。西の聖地「博多スターレーン」閉館。”. Number WEB (2019年4月8日). 2019年4月20日閲覧。
  4. ^ a b 『想い出のプロレス会場物語』P36 - P37
  5. ^ 博多スターレーン3月末閉鎖 老朽化、再開発へ”. 西日本新聞 (2019年1月22日). 2019年1月22日閲覧。
  6. ^ 博多コネクティッド規制緩和第1号 「博多イーストテラス」竣工 博多駅筑紫口エリアの新たなビジネス・賑わいの拠点に』(プレスリリース)NTT都市開発・大成建設、2022年8月5日https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2022/220805_8897.html2022年8月14日閲覧 
  7. ^ 博多駅東一丁目敷地(旧博多スターレーン跡地)における開発計画概要について』(プレスリリース)NTT都市開発株式会社・大成建設株式会社、2020年3月26日https://www.nttud.co.jp/news/detail/id/n25037.html2020年4月2日閲覧 

参考文献

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  • 『想い出のプロレス会場物語』ベースボール・マガジン社、2016年。ISBN 9784583624372 

外部リンク

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