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原智広

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

原 智広(ハラ トモヒロ、1985年 - )[1]著作家翻訳家フランス文学者映画監督脚本家

経歴、人物

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東京都出身。不登校だった。中学卒業後、アルバイトを転々としながら、大量の本を乱読し、海外を放浪しながら執筆をするという日々を過ごす。

一番尊敬する作家はアントナン・アルトーであると語っており、アルトーの晩年の最期の手記である「イブリーの手帖」の翻訳プロジェクトを続けている[2]

大学入学資格検定取得後、モロッコへ遊学。フランス語を学ぶ。

訳文に関して

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「戦時の手紙 ジャック・ヴァシェ大全[3]」(河出書房新社)(2019)は、大学に所属する一般的な研究者の訳書とは遠くかけ離れた特異な訳文である。ジャック・ヴァシェの研究者の後藤美和子に、本書は恣意的な創作と原文の改竄であり、到底訳書と言えるような代物ではないと、図書新聞の紙面上にて「創作翻訳で済まされるのか」と告発され、5つの具体的事例をあげ、物議を醸した。

本人は学術的な翻訳というものは目指していないとうかがえる。翻訳を作者を紹介する表現の手段の一つであると捉えているようである。

2021年に編集した「イリュミナシオン」創刊号[4]に掲載されている「イヴリーの手帖との対峙」(アントナン・アルトー)322Pにて、翻訳についての自身の考えを示した。

「完璧な翻訳(そもそもそんなものはないのだが)は誰の手によっても不可能だろう。私はアルトーの告発していることを、これまでの著作や前後の文脈、憶測や文体、言葉の隠された意味、記憶の派生から、飛躍させ、進化させ、大枠ではアルトーの言っていることを表現出来たと自負している。つまりは、論理や構成、意味を取り除き、真に迫る本質だけを強度と共に浮かび上がらせるという方法を採用した。アルトーと違う時代、違う場所ではあるが、同じ生を持ってして書くこと、(中略)一般的な翻訳とは到底言えないが、最もアルトーに接近した文章だと確信している。」

河出書房新社は図書新聞にて掲載された告発文に回答した[5]

著書、寄稿

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HAPAX』(夜光社)、『boidマガジン』(Boid)、 『jazz tokyo』や 『TOCANA』 などの媒体にて、映画批評、音楽批評、フランス文学などを連載中。

訳著

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共著、翻訳、編集

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  • HAPAX12 香港、ファシズム」(夜光社)(2020) 「セリーヌとファシズム 戦争のあとの風景」
  • 「イリュミナシオン[創刊号]」(2021)(EK-Stase)責任編集、発行人、翻訳を担当。「アントナン・アルトー イヴリーの手帖との対峙」(妙訳)「自画像」エドゥアール・ルヴェ(妙訳) 「俺は真面目になる...」ジャック・リゴー(妙訳)
  • アルトー横断 不可能な身体」(月曜社)(2023)「アルトーと共に生き、アルトーを復活させるために 六つの質問」
  • FEU(フー)」NO.1(2023) (EK-Stase)責任編集、発行人、翻訳と執筆を担当。「アントナン・アルトー イヴリーの手帖との対峙」(妙訳)「スコラ学的解体とキリストの否定、存在を忌み嫌うことについてのアルトーの韻律法」 (論考)

映像作品

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  • 「インフォメンタル」(2012)監督、脚本、撮影

ミュージックビデオ

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・ホッタモモ 「すいせいになりたい」(2023) 監督 

・Yutaka Kawamura「Provini」(2024) 監督

論文
  • 『光学的革命論』(2012)
  • 『仮象実体的社会と電子的スペクタクル性、その全貌への憎悪(スペクタクルの社会及びスペクタクルの社会への注解の改題)(2012年)
出版物
Event

監督、脚本作品 

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脚注

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外部リンク

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