原田佐治郎
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原田 佐治郎(はらた[1]/ はらだ[2] さじろう、1850年4月24日(嘉永3年3月13日[3]) - 1916年(大正5年)10月16日[2])は、明治から大正時代前期の政治家、治水家。貴族院多額納税者議員。旧姓は上原[1]。
経歴
[編集]陸奥国津軽郡森田村(西津軽郡森田村を経て現つがる市)の旧家上原家[注 1]に生まれる[1]。1904年(明治37年)12月に家督を相続[3]。1891年(明治24年)から1903年(明治36年)まで西津軽郡会議員、同年から1907年(明治40年)まで青森県会議員を務めた[1]。この間、1891年(明治24年)から1916年(大正5年)の16年間に渡り、西津軽郡水利組合議員として水利事業の発展に貢献した[1]。
1916年(大正5年)青森県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年8月16日から務めたが[2][4]、就任からわずか2か月後に死去した[1][5]。
親族
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 『大正人名辞典 第3版』1738頁では原田佐次右衛門の長男とあるが、養父のことか。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 東洋新報社編『大正人名辞典 第3版』東洋新報社、1917年。
- 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第1』大蔵省印刷局、1960年 。
- 東奥日報社 編『青森県人名事典』東奥日報社、2002年。ISBN 4885610656。