双六小屋
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双六小屋(すごろくごや)は、岐阜県高山市の双六岳と樅沢岳の鞍部にある山小屋。中部山岳国立公園内の飛騨山脈主稜線のルート上にあり、新穂高温泉方面の小池新道と笠ヶ岳からの稜線ルートとの交差点となっているため、利用者が多い小屋である。
概要
[編集]2014年(平成26年)より、著名な山岳写真家でもある二代目経営者・小池潜(ひそむ)から継いだ三代目・小池岳彦(たけひこ)が経営。小池はこの小屋の他に、わさび平小屋、鏡平山荘、黒部五郎小舎も経営している。小屋の北側は見晴らしが良く、鷲羽岳を間近に望める。小屋の南側の広い平坦な場所には、双六池があり、その北側がキャンプ指定地となっている。標高2,550 mのハイマツ帯で、多くの高山植物が見られる。また周辺のハイマツ帯にはライチョウが生息している。
営業期間
[編集]- 6月10日 - 10月20日(平成29年度)[1]
収容人数
[編集]- 宿泊 200人
- 営業期間外は冬期避難小屋が利用可能。利用の際は、料金を後日郵送する[2]。
- キャンプ指定地 テント60張り
- 荒天時は強風が吹き抜ける地形に位置するため、利用困難になる場合がある。
- 北アルプスの大部分は中部山岳国立公園内であり、キャンプ指定地以外での幕営は禁止されている。
主な施設
[編集]- 一般客室・個室・フロント・売店・談話室・食堂・簡易水洗トイレ・洗面所・乾燥室・自炊場
- 一般利用者向けの入浴施設はない。
- 公衆衛星電話がある。また、談話室でNTTドコモ携帯電話の試行利用(2016年)、山岳Wi-Fi試行設置(2017年)がされている。
- 富山大学の夏山診療所が隣接。開設期間は7月25日頃 - 8月20日頃。
- 無料の給水施設があり、宿泊者以外も利用可能。
沿革
[編集]- 1935年(昭和10年)に、岐阜県吉城郡上宝村(現在の高山市)の村営小屋が開業(2階建て、20坪)[3]。
- 第二次世界大戦前後は、無人のまま放置され、小屋は荒れ果てた。
- 1950年(昭和25年)に、村会議員だった小池義清が村から経営を引き継ぐ。
- 1955年(昭和30年)に、小池義清らにより、新穂高温泉から、わさび平、大ノマ乗越を経由して、この小屋に達する小池新道を開設。
- 1957年(昭和32年)に、荷継ぎのための小屋をワサビ平に建設(現在のわさび平小屋]。
- 1962年(昭和37年)に、二代目経営者の小池潜が大学卒業後に、小屋の仕事に就く。
- 1965年(昭和40年)に、コーヒー豆を挽く器具一式を整えて、登山者に提供するようになった。
- 1980年(昭和55年)に、東側に一棟を増築。
- 1988年(昭和63年) に、花の山旅企画(わさび平小屋・鏡平山荘・双六小屋・黒部五郎小舎の共通パスポートを作り、圏内を大いに遊び楽しもうという企画)で「双六山楽共和国」建国。初代大統領には田中澄江が就任、双六小屋看板の題字を受ける。国鳥はライチョウ、国木はブナ、国獣はオコジョ、国花はクロユリを選定。
- 2008年(平成20年) より、ゴールデンウィークの営業を中止。前年の4月に小屋開け入山の際、キャリア25年以上のベテラン支配人が遭難死する事故を受けての措置[4]。
- 2016年(平成28年) に、月刊『山と渓谷』2016年1月号の特集で「泊まってよかった山小屋」第2位を獲得[5]。
近隣の山小屋
[編集]登山道
[編集]周辺の山
[編集]参考文献
[編集]- 柳原修一『北アルプス山小屋物語』東京新聞出版局、1990年6月。ISBN 4808303744。
- 『北アルプス山小屋案内』山と溪谷社、ISBN 4-635-17022-5
- 『ヤマケイ アルペンガイド 上高地・槍・穂高』山と溪谷社、ISBN 4-635-01319-7
- 『月刊「山と溪谷」2016年1月号「泊まってよかった山小屋」第2位・双六小屋 主人・小池岳彦さん』山と渓谷社、2016年1月、78頁。ASIN B0170CM5SA。