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右繞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

右繞(うにょう、右遶とも、梵:pradakṣiṇa, प्रदक्षिण, or Parikrama, परिक्रम、巴:paddakkhiṇa)とは、古代インド起源とする敬意の表明や崇拝のやり方である。

敬意の対象を中央にし、周りを時計回りに巡る事を特徴とする[1][2]。常に右肩を中央に向けることが基本となる。

一例

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インドにおいては、ヒンドゥー教ジャイナ教に受け継がれ、広く行われている。また、仏教と共に広くアジアに伝わり、日本でも仏教儀礼の中で行われている例がある。  

右繞する時の道筋を遶道 (繞道とも) と言う。古代インドの寺院(チャイティヤ英語版)や塔(ストゥーパ)などの敬意を表すべき建築物には周囲に通路が設けられ、遶道として使われた。敬意の対象が、山や寺院群や街のような広大なものである場合、遶道は長大となり、数十kmに及ぶ例がある。

古代インド

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古代インドでは、ヴェーダ学生は聖火を右回りしていた。また、右脇を貴人に向けてその周りを三度まわって敬意を表したり、軍隊が凱旋したときに城壁を三度回ってから城内に入ったりしていた[2]。右繞は、ヒンドゥー教に受け継がれ、仏教やジャイナ教[2][3]にも取り入れられた。

浮彫に残る右繞
浮彫に残る仏教の右繞。向かって左側の比丘は奥へ、向かって右側の在家信者は手前に向かい、右回りに中央のストゥーパを巡っている。

仏教

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仏教経典においても、しばしば尊敬すべき方に面会した人や天が、敬意のしるしとして右繞する。パーリ仏典[4][5]や、大般若波羅蜜多経[6]、妙法蓮華経[7]、無量寿経[8]などに例がある。特に、「右繞を三回行うこと」を漢文では、右繞三匝(うにょうさんそう)と表現する。

‘‘Atha kho so, bhikkhave, mahābrahmā <中略> vipassiṃ bhagavantaṃ arahantaṃ sammāsambuddhaṃ abhivādetvā padakkhiṇaṃ katvā tattheva antaradhāyi.[9]  そこで、比丘たちよ、あの大梵天は<中略>阿羅漢であり正等覚者であるヴィパッシー世尊を礼拝し、右繞して、その場で消え去った。(『パーリ仏典 経蔵 長部 大篇』、大譬喩経)

是諸菩薩從地出已。<中略>及至諸寶樹下師子座上佛所。亦皆作禮右繞三匝[10]合掌恭敬。

 是の諸もろの菩薩、地より出で已りて、<中略>及び諸もろの宝樹の下の、師子の座の上の仏の所に至りて、亦た皆な礼を作して、右に繞ること三匝して合掌恭敬し・・・

(『妙法蓮華経』、「従地涌出品」)[11]

 寺院やストゥーパ等の仏教建築には、右繞のための道(遶道)が設けられる例がある。独立したストゥーパの周りに段を設け欄盾[12]で囲んだ遶道や、石窟寺院や独立寺院のチャイティヤにストゥーパを中心にした半円形の後陣を設け遶道の一部とした例がある。 

今日の日本の仏教でも、法要に際して仏堂や仏像のまわりを僧侶が列をなして読経しながらの右繞や、葬儀に際して棺のまわりを三回まわる右繞が行われることがある[1]。ただし、葬儀に際しては逆に棺を左まわりに三回まわすことも行われた。[13]

左右の混乱

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インド発祥の仏教が、中国を経て日本に入る過程で、敬意を表する際に回る左右の向きについて 混乱があった様子がうかがわれる。[14] その理由として[15]

  • 敬意の対象に対面した状態から右回りする際に自分は左に向かうことになること[14]
  • 古代の中国で盛んだった北辰信仰の影響を受ける際に、北面する臣下の視点では天空は左回りであること[16]
  • 中国では歴代王朝や、兵事かそれ以外かによって左右どちらを尊ぶかが変遷したこと[17] [18]
  • 戒壇に上り授戒を受ける時の動作[14][19]や、座禅において警策を持って見回る巡香[20]など、左回りで行われる行事があること(これらの場合、中心に敬意の対象はない)

等が言われている。

ヒンドゥー教

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もちろん右繞は、ヴェーダの系譜につながるヒンドゥー教でも行われている。 通常、ヒンドゥー教では、右繞はプージャ(伝統的な礼拝) の終了後、神に敬意を表した後に行われる。右繞はディヤーナ(禅定) とともに行われるべきだとされている。

ヒンドゥー教での右繞は、崇拝に不可欠な部分であり、祈りの象徴として、寺院の神々・神聖な川や丘・時には複数の寺院のまわりで行われる[21][22][23]。 ヒンドゥー教の寺院建築には、さまざまな遶道が含まれている[24]。本尊を囲んだり、より広く同心円状に広がったものが多いが、非同心状の遶道もしばしばある。右繞は神聖な菩提樹、トゥルシ(インドのバジル植物)、アグニ(聖なる火)の周りでも行われる。[25][26] 特にアグニの右繞は、ヒンドゥー教の結婚式で行われるサプタパディ英語版という儀式の中で七回行われる[27][28]

長大な遶道

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 遶道のうちには、村や町や都市全体を覆う長大なものがある[22][29]。たとえば、ヒンドゥー教の聖地ヴァーラーナシーの主な遶道は同心円状に五重となっており、大きなものは半径がおよそ15km(5クローシャ英語版)以上になる[30]

 最も過激な遶道は、チベットの神聖なカイラス山のまわりにあり、標高は4,600mから5,500mにわたる長さ約52kmの山道である。仏教徒の中にはこの遶道を数週間かけて一歩ごとに五体投地してまわる巡礼者も少数ながらいる[31][32][33][要出典]。ヒンドゥー教徒やジャイナ教徒もこの遶道を右に回るが、ボン教徒は、左に回る。[34]

関連項目

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脚注

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  1. ^ a b 中村元 他 編『岩波仏教辞典 第三版』岩波書店、2023年。 
  2. ^ a b c 中村 元『広説仏教語大辞典 上巻』東京書籍、2001年。 
  3. ^ 川﨑豊・藤永伸 編「第5章「ウヴァーサガダサーオー 第一章」十」『ジャイナ教聖典選』国書刊行会、2022年、299頁。ISBN 9784336073914。「資産家アーナンダは<中略>幸いなる沙門マハーヴィーラに近づき、三度右回りの礼をなし、<中略>脇で仕えた。」 
  4. ^ 中村元 訳「大いなる章・彼岸に至る道の章」『ブッダのことば~スッタニパータ』岩波文庫、1984年、P143, P214頁。ISBN 4-00-333011-0 
  5. ^ 中村元 訳「大譬喩経」『長部(ディーガニカーヤ)大篇I』大蔵出版、2004年、P.78頁。ISBN 4-8043-1209-9。「・・かの大梵天は、<中略>ヴィパッシー世尊を礼拝しました。そして右回りをすると、そのまま消え去りました。」 
  6. ^ 玄奘 訳「<登場箇所の例示>「右遶三匝」:巻三百十一、巻三百九十九、他11件、「右繞三匝」:巻四百、巻五百一十一、「右繞七匝」:巻十、巻四百五、巻五百七十一、「右遶七匝」:巻五百七十」『大般若波羅蜜多經』 第5-7巻、大蔵出版〈大正新脩大蔵経〉。 
  7. ^ 鳩摩羅什 訳「巻五, 巻七」『妙法蓮華經』 第九巻、大蔵出版〈大正新脩大蔵経〉。 
  8. ^ 康僧鎧訳、無量寿経、J01_0005A01”. 浄土宗全書テキストデータベース. 浄土宗. 2024年2月2日閲覧。
  9. ^ CSCD Tipitaka (Roman)”. tipitaka.org. パーリ仏典、経蔵、長部、大篇、大譬喩経. 2024年2月3日閲覧。
  10. ^ 「右繞を三回行うこと」を漢文では、右繞三匝(うにょうさんそう)と表現する。
  11. ^ 多田孝正・多田孝文 編、鳩摩羅什 訳「従地涌出品」『妙法蓮華経』大蔵出版〈新国訳大蔵経〉、1997年。 
  12. ^ Vedikaの訳語。仏塔のまわりに設置される玉垣のような低い壁ないし柵で、その途中にトーラナ(門)が設置される。石柱と笠石、貫石で構成されることが多い。[1]
  13. ^ 坪井 洋文. 大島 建彦他: “日本を知る小事典 1 (冠婚・葬祭) (現代教養文庫) | NDLサーチ | 国立国会図書館”. 国立国会図書館サーチ(NDLサーチ). p. 214. 2024年3月18日閲覧。 “・・・庭や葬地への途中とか葬地で、棺を左まわりに三回ほどまわしたりするのも、死霊のもどりくるのを防ぐ呪法である。「人の一生」”
  14. ^ a b c 佛學大辭典/右繞 - 维基文库,自由的图书馆” (中国語). zh.wikisource.org. 2024年3月18日閲覧。
  15. ^ 西山 松之助. 大島建彦 他: “日本を知る小事典 1 (冠婚・葬祭) (現代教養文庫) | NDLサーチ | 国立国会図書館”. 国立国会図書館サーチ(NDLサーチ). pp. 261-265. 2024年3月18日閲覧。
  16. ^ 諏訪 春雄 著「日本人の空間認識:南北線と東西線」、篠田 知和基 編『天空の世界神話』八坂書房、2009年、54-62頁。ISBN 9784896949414 
  17. ^ 諸橋 轍次「尚左尚右」『大漢和辞典』(修訂第二版)大修館書店、1989年。ISBN 4-469-03142-9 
  18. ^ 君子居則貴左、用兵則貴右。兵者不祥之器、非君子之器。不得已而用之、恬淡爲上。 、『老子』第31章
  19. ^ 佛學大辭典/感通傳 - 维基文库,自由的图书馆” (中国語). zh.wikisource.org. 2024年3月18日閲覧。
  20. ^ 世界大百科事典内言及. “巡香(じゅんこう)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2024年3月18日閲覧。
  21. ^ Bowker, John (1999). The Oxford Dictionary of World Religions. New York: Oxford University Press. p. 224. ISBN 0-19-866242-4 
  22. ^ a b http://www.hindunet.org/faq/fom-serv/cache/31.html Archived 2017-01-15 at the Wayback Machine. Why do we perform Pradakshina or Parikrama?
  23. ^ http://www.hinduism.co.za/kaabaa.htm Kaaba a Hindu Temple?Hindus invariably circumambulate around their deities
  24. ^ Architecture of the Indian Subcontinent — glossary
  25. ^ http://www.kamat.com/indica/culture/sub-cultures/pradakshina.htm The Concept of Pradaksina
  26. ^ Darbashayanam”. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年10月20日閲覧。
  27. ^ Some reflections on fire in Hindu and other wedding ceremonies, and on Agni Pradakshina, circling the fire.
  28. ^ Some reflections on fire in Hindu and other wedding ceremonies, and on Agni Pradakshina, circling the fire”. 2007年1月11日閲覧。
  29. ^ Architecture of the Indian Subcontinent – glossary”. indoarch.org. 2007年1月10日閲覧。
  30. ^ 宮本 久義『ヒンドゥー聖地 思索の旅』山川出版社、2003年4月15日、161頁。 
  31. ^ 上野 千鶴子 他「カイラース巡礼」『KAILAS: チベット聖地巡礼 松本栄一写真集』小学館、1995年6月1日、112-113頁。ISBN 4-09-680423-1。「なかには、<中略>キャンチャ(五体投地礼)をしながら<中略>一周を15日から25日かけてまわる者もいる」 
  32. ^ 早川 禎治『カイラス巡礼―インダスとガンジスの内奥をめぐる』中西出版、2003年4月5日、302頁。ISBN 978-4891151171。「五体投地も<中略>ずいぶん知られるようになったが、これをやる人はほんとうにすくない。カイラスの巡礼で<中略>している人はふたりより見なかった。」 
  33. ^ 椎名誠、『五つの旅の物語』、講談社、2010、p.56、ISBN 978-4-06-216058-2、"もっとも厳しい巡礼は五体投地拝礼"
  34. ^ 上野 千鶴子 他「カイラース巡礼」『KAILAS: チベット聖地巡礼 松本栄一写真集』小学館、1995年6月1日。ISBN 4-09-680423-1