コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

能力に応じて働き、必要に応じて受け取る

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

能力に応じて働き、必要に応じて受け取る[1][2](のうりょくにおうじてはたらき、ひつようにおうじてうけとる)、あるいは各人からはその能力に応じて、各人にはその必要に応じて[3](かくじんからはそののうりょくにおうじて、かくじんにはそのひつようにおうじて、: Jeder nach seinen Fähigkeiten, jedem nach seinen Bedürfnissen!)は、カール・マルクスの1875年の著書『ゴータ綱領批判』によって広まったスローガン[4]。この原則は財・資本・サービスへの自由なアクセスと分配について言及するものである[5]。マルクス主義者の見解では、このような図式は、発展した共産主義システムが生み出すことができる財とサービスの充溢によって可能となる。すなわちこれは、社会主義と自由な生産力の完全な発展により、すべての人の欲求を満たすに足るようになるとの考えである[6][7]

フレーズの起源

[編集]

『ゴータ綱領批判』におけるマルクスの言及部分の全文は次のようなものである。

共産主義社会のヨリ高い段階において、すなわち、分業への個々人の奴隷的依存、それとともにまた精神的および肉体的労働の対立が消滅したのち、労働が単に生産手段でなくて、それ自体第一の生活の要求になったのち、個々人の全面的発展とともに、また生産力が成長して協同組合的富のすべての源泉が一そう豊かに溢流するにいたったのち――その時はじめて横溢なブルジョア的権利の地平線は全く踏みこえられ、そして社会はその旗にこう書きつけるであろう、各人はその能力に応じて、各人はその必要に応じて![8]
共産主義社会のより高次の段階において、すなわち諸個人が分業に奴隷的に従属することがなくなり、それとともに精神的労働と肉体的労働との対立もなくなったのち、また、労働がたんに生活のための手段であるだけでなく、生活にとってまっさきに必要なこととなったのち、また、諸個人の全面的な発展につれて彼らの生産能力をも成長し、協同組合的な富がそのすべての泉から溢れるばかりに湧き出るようになったのち――その時はじめて、ブルジョア的権利の狭い地平は完全に踏み越えられ、そして社会はその旗にこう書くことができる。各人からはその能力に応じて、各人にはその必要に応じて![3]

このフレーズはマルクスによって作り出されたと一般には考えられているが、このスローガン自体は社会主義運動の中において一般的なものであった。例えば、アウグスト・ベッカーが1844年に[9]ルイ・ブランが1851年に[10]このフレーズを使用している。その起源はフランスのユートピアンであるエティエンヌ・ガブリエル・モレリフランス語版に帰せられており[11][12]、その1755年の著書『自然の規範』(Code de la nature)の「全ての社会の悪と邪悪の根源を打ち破る神聖にして基本的な法」には次のような文章が含まれている[13]

1. 欲求、喜び又は日々の仕事のいずれかのために即座に用いられるものを除いて、個人所有物又は資本財として社会の中のあらゆるは、何人にも属さない。

2. すべての市民は公民であり、公的支出によって維持され、支えられ、それに奉仕する。

3. すべての市民は能力、才能、年齢に応じて、共同体の特定の活動に貢献する。この原則に基づいて、分配法に従ってその義務が決定される。

似たようなフレーズが1639年のギルフォード英語版の盟約にも見出される。

ここに名前が記されないわれわれは、ニューイングランドにわれら自信を植える神の慈悲による勅許を意図しており、もしそうならばQuinnipiackの南部においては、われら自身とわれらの家族、そしてわれらに属する者たちのために、主がわれらを扶け、われらはそれぞれが共に一つの植民地に参加し、各人がその能力に応じて、また必要に応じて、それぞれが共に共同の仕事の役に立ちつことを誓う。そしてわれわれは、同意者の残余あるいはこの盟約に参加した仲間の大部分の同意を得ない限り、互いに植民地を放棄せず、離れないことを誓う[14]

このフレーズの起源を新約聖書に求める研究者も存在する[15][16]使徒言行録で描かれるイェルサレムの信仰者共同体の生活様式は個人所有のない共同体として記述され、「必要に従っておのおのに分け与えられた」(διεδίδετο δὲ ἑκάστῳ καθότι ἄν τις χρείαν εἶχεν)というフレーズを使用している。

32:信じた者の群れは、心と思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分のものと言わず、すべてを共有にしていた。

33: 使徒たちは、主イエスの復活を非常に力強くあかしし、大きな恵みがそのすべての者の上にあった。

34: 彼らの中には、ひとりも乏しい者がなかった。地所や家を持っている者は、それを売り、代金を携えて来て、

35: 使徒たちの足もとに置き、その金は必要に従っておのおのに分け与えられたからである。(使徒4:32-35 新改訳[17]
32: 信者の群は、心と霊を一つにしていた。だれも、自分のもちものを自分のものだといわず、すべてのものを共有していた。

33: 使徒たちは、大いに力をいれて、主イエズスの復活を証明した。そして、みなは非常に好意を持たれていた。

34: かれらのなかには、一人も、貧しい人がなかった。なぜなら、土地や家を所有していた人々はみな、それを売って、その代金をもちより、

35: 使徒たちの足もとにおき、必要に応じて、おのおのに分配していたからであった。(使徒4:33-35 バルバロ訳[18]

しかし、この考えに同意しない研究者たちは、「各人からはその能力に応じて、各人にはその必要に応じて」のフレーズは「ローマ法のソリドゥムの義務の概念」の中に非宗教的な起源があると主張している[19]。ローマ法のソリドゥムの義務の概念は「各人が借金が払えない人に責任があり、逆に彼は他の各人に責任があると推定する」というものである[20]。James Furnerは次のように主張する。「X=不利であり、Y=その不利を是正するための行動であるなら、連帯の原則は次のようになる。集団のある成員がXを獲得した場合、各成員は(可能ならば)Yを実行する義務がある。発達した共産主義の基本原理に到達するために、我々が付け加える必要があるのは、欲求の不満足は不利益であると仮定することである。欲求に関する連帯の対応原則は、社会成員の中に満たされていない欲求がある場合、各成員は(可能ならば)その対象を生産する義務を負う。しかし、それはちょうど「各人はその能力に応じて、各人はその必要に応じて」という原則が指示するところのものである。マルクスの見方では、発展した共産主義の基本原則は、必要性に関する連帯の原則なのである。」[21]

議論

[編集]

マルクスは、このような基本信条が適用される特定の条件について描写している。曰く、技術と社会組織が物の生産における肉体労働の必要性を実質的に排除した、「労働がたんに生活のための手段であるだけでなく、生活にとってまっさきに必要なこととなった」社会である[22]。マルクスは、そのような社会においては、仕事は楽しく創造的な活動になるため、労働を強いる社会的メカニズムが存在しないにもかかわらず、一人一人が社会の利益のために働くよう動機づけられると説明している。マルクスは、このスローガンの最初の部分を「能力に応じて」について、各人ができる限り懸命に働くべきであるのではなく、各人が特定の能力を最大限に発達させるべきであることを意図していた[23][24]

「低次の段階の共産主義社会」(社会主義段階[25]を自称していたソビエト連邦では、「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る英語版」の公式が適用された[26]

解放の神学においては、このマルクス主義の橋上と調和するようにキリスト教の正義への呼びかけを解釈しようとしてきたものの、多くの人々は、キリストが「タラントの譬え」(マタイ25:14-30)で教示しているのは「能力に応じてそれぞれ」(マタイ25:15)だけであり、「能力に応じてそれぞれから」ではないと断言している[27]

文化の中の「能力に応じて…」

[編集]

このスローガンは小説『モスクワ 2042年英語版』で「モスクワにおける一都市共産主義が建設されてから、毎朝ラジオはこうアナウンスしている。『同志、今日のあなたの欲求は次の通りです』」とパロディされている。

アイン・ランドの1975年の小説『肩をすくめるアトラス』では、大規模で収益性の高い自動車会社が、従業員の賃金を決定する方法としてこのスローガンを採用している。このシステムはすぐに汚職と貪欲の餌食となり、能力が最も低い従業員の欲求を満たすために有能な従業員を残業させ、オーナーたちに資金を投入する。結果として、会社は4年で破綻した。

関連項目

[編集]

出典

[編集]
  1. ^ 社会主義と共産主義の違いは?”. 日本共産党 (2004年5月29日). 2019年10月26日閲覧。
  2. ^ ブリタニカ国際大百科事典. “共産主義” (日本語). コトバンク. 2019年10月26日閲覧。
  3. ^ a b カール・マルクス、望月清司訳『ゴータ綱領批判』岩波書店、1975年。
  4. ^ Marx, Karl (1875). “Part I”. Critique of the Gotha Program. http://www.marxists.org/archive/marx/works/1875/gotha/ch01.htm 2008年7月15日閲覧。 
  5. ^ Busky, Donald F. (July 20, 2000). Democratic Socialism: A Global Survey. Praeger. p. 4. ISBN 978-0275968861. "Communism would mean free distribution of goods and services. The communist slogan, 'From each according to his ability, to each according to his needs' (as opposed to 'work') would then rule" 
  6. ^ Schaff, Kory (2001). Philosophy and the problems of work: a reader. Lanham, Md: Rowman & Littlefield. pp. 224. ISBN 978-0-7425-0795-1 
  7. ^ Walicki, Andrzej (1995). Marxism and the leap to the kingdom of freedom: the rise and fall of the Communist utopia. Stanford, Calif: Stanford University Press. p. 95. ISBN 978-0-8047-2384-8 
  8. ^ マルクス「ドイツ勞働者黨綱領評註」『ゴータ綱領批判』[ナウカ社版テキスト全書14]、1948年、ナウカ社。なお、原文の旧字体は新字体に改めた。
  9. ^ Was wollen die Kommunisten, 1844, p. 34.
  10. ^ Louis Blanc, Plus de Girondins, 1851, p. 92.
  11. ^ Graeber, David『The Democracy Project: A History, a Crisis, a Movement』Spiegel & Grau、New York、2013年、293-294頁。ISBN 9780812993561OCLC 810859541 
  12. ^ Norman E. Bowie, Towards a new theory of distributive justice (1971), p. 82.
  13. ^ Gregory Titelman, Random House dictionary of popular proverbs & sayings (1996), p. 108.
  14. ^ The Guilford Covenant
  15. ^ Joseph Arthur Baird, The Greed Syndrome: An Ethical Sickness in American Capitalism (1989), p. 32.
  16. ^ Marshall Berman, Adventures in Marxism (2000), p. 151.
  17. ^ 「使徒の働き」『新約聖書 和英対訳』いのちのことば社、1988年。
  18. ^ 「使徒行録」『新約聖書』ドン・ボスコ社、1971年。
  19. ^ James Furner, Marx on Capitalism: The Interaction-Recognition-Antinomy Thesis, Brill 2018, p. 113.
  20. ^ Hauke Brunkhorst, Solidarity: From Civic Friendship to a Global Legal Community, MIT Press 2005, p. 2
  21. ^ James Furner, Marx on Capitalism: The Interaction-Recognition-Antinomy Thesis, Brill 2018, p. 113
  22. ^ Part 1, Critique of the Gotha Programme, http://www.marxists.org, quoting Marx/Engels Selected Works, Volume Three, p. 13-30.
  23. ^ Bli?a?khman, Leonid Solomonovich; Shkaratan, Ovse? Irmovich (1977). Man at Work: The Scientific and Technological Revolution, the Soviet Working Class and Intelligentsia. Progress. p. 155. https://books.google.com/books?id=Tu_TAAAAMAAJ&q 2014年6月24日閲覧。 
  24. ^ Johnson, Hewlett (1968). Searching for light: an autobiography. Joseph. https://books.google.com/books?id=Xh9YAAAAMAAJ&q 2014年6月24日閲覧。 
  25. ^ Ken Post; Phil Wright (1989). Socialism and underdevelopment. Routledge. p. 11. ISBN 978-0-415-01628-5. https://books.google.com/books?id=Od8NAAAAQAAJ 
  26. ^ Geoffrey Jukes (1973). The Soviet Union in Asia. University of California Press. p. 225. ISBN 978-0-520-02393-2. https://books.google.com/books?id=zqXgTC4XgSEC 
  27. ^ Finley, Tom. “The Parable of the Talents and the Parable of the Minas (Matt. 25:14-30 and Lk. 19:11-27)”. 2019年10月26日閲覧。

関連文献

[編集]

外部リンク

[編集]