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名古屋市立大生小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
名古屋市立大生小学校
地図北緯35度5分38.78秒 東経136度55分1.94秒 / 北緯35.0941056度 東経136.9172056度 / 35.0941056; 136.9172056座標: 北緯35度5分38.78秒 東経136度55分1.94秒 / 北緯35.0941056度 東経136.9172056度 / 35.0941056; 136.9172056
国公私立の別 公立学校
設置者 名古屋市
共学・別学 男女共学
学期 2学期制
学校コード B123210001716 ウィキデータを編集
所在地 457-0835
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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名古屋市立大生小学校(なごやしりつ たいせいしょうがっこう)は、愛知県名古屋市南区西又兵ヱ町にある公立小学校

歴史

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校名の由来

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大江の「大」と宝生の「生」をそれぞれ採って命名された[1]

沿革

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  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 名古屋市笠寺国民学校又兵ヱ分教場が設置[2]
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 名古屋市立笠寺小学校又兵ヱ分教場となる[2]
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 名古屋市立笠寺小学校より分離独立し、名古屋市立大生小学校となる[2]
  • 1957年(昭和32年) - 分校を設置[3]
  • 1959年(昭和34年)4月1日 - 分校が名古屋市立宝小学校として分離[3]

児童数の変遷

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『愛知県小中学校誌』(1998年)によると、児童数の変遷は以下の通りである[4]

1948年(昭和23年) 601人
1957年(昭和32年) 2,560人
1967年(昭和42年) 575人
1977年(昭和52年) 504人
1987年(昭和62年) 502人
1997年(平成9年) 275人

通学区域

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所管する名古屋市教育委員会は、2019年(令和元年)9月1日現在、南区荒浜町5丁目・加福町加福本通・西又兵ヱ町・浜中町1丁目および同2丁目・東又兵ヱ町の各全域および、港東通前浜通1丁目の各一部を通学区域として指定している[5]

また、卒業後の進学先は名古屋市立南光中学校となっている[6]

脚注

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  1. ^ 名古屋市南区役所 1979, p. 237.
  2. ^ a b c 名古屋市南区役所 1979, p. 242.
  3. ^ a b 名古屋市南区役所 1979, p. 243.
  4. ^ 六三制教育五十周年記念愛知県小中学校誌編集委員会 1998, p. 362.
  5. ^ 名古屋市教育委員会事務局総務部教育環境計画室計画係 (2019年9月1日). “名古屋市立小・中学校の通学区域一覧(南区)” (PDF). 名古屋市. 2020年2月22日閲覧。
  6. ^ 名古屋市教育委員会事務局総務部教育環境計画室計画係 (2017年4月1日). “名古屋市立中学校区一覧(小→中)” (PDF). 名古屋市. 2020年2月22日閲覧。

参考文献

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  • 名古屋市南区役所 編『南区誌』名古屋市南区役所、1979年3月31日。 
  • 六三制教育五十周年記念愛知県小中学校誌編集委員会 編『六三制教育五十周年記念愛知県小中学校誌』1998年3月1日。 

関連項目

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外部リンク

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