四誓偈
四誓偈(しせいげ)は、「三誓偈」あるいは「重誓偈」ともいう。『仏説無量寿経』の中の偈である。日本仏教では、康僧鎧が漢訳した『仏説無量寿経』の220文字(五言4句、11行)の四誓偈が読誦される[1]。
名称
[編集]四誓偈の呼称は、仏教の宗派によって異なる。
浄土宗では『浄土宗要集』(1237年成立)以来、四誓偈と称する[2]。その理由は、偈の冒頭部で「誓不成正覚(誓って正覚を成ぜじ)」と3回、誓いを繰り返す部分に加えて、末尾のくだりも4つ目の誓いであると、浄土宗では見なすからである[2]。
浄土真宗では、偈の末尾のくだりは誓いにカウントせず、「三誓偈」あるいは「重誓偈」と称する[1]。
内容
[編集]法蔵比丘(阿弥陀如来)が、師である世自在王仏に向かって48の願(四十八願)を述べたあと、重ねて「偈(げ)」の形式で誓ったものである。
- 第一の誓いは「私の願いが成就するまで、私は仏になりません」(斯願不満足 誓不成正覚)。
- 第二の誓いは「悩み苦しむ人びとを救えぬうちは、私は仏になりません」(不為大施主 普済諸貧苦 誓不成正覚)
- 第三の誓いは「私は、自分の名声(みょうしょう。「南無阿弥陀仏」)が聞かれぬ所が残っているうちは、仏になりません」(我至成仏道 名声超十方 究竟靡所聞 誓不成正覚)。
その後、自分は菩薩の修行に励んで苦しむ人々をあまねく救いたいという決意を述べ、最後は「この願いがもしかなえば、三千大世界が感動に包まれ、天の神々が美しい花を雨のように降らせてくださいますよう」(斯願若剋果 大千応感動 虚空諸天人 当雨珍妙華)と願いの成就を祈る。
なお、浄土真宗の親鸞は正信偈の冒頭で
五劫思惟之摂受 ()重誓名声聞十方 ()
という形で、重誓偈(四誓偈の浄土真宗での呼称)の第三の誓い「名声超十方 究竟靡所聞 誓不成正覚」を引用している。
漢文
[編集]以下は、『大正大蔵経』(#360 無量寿経巻上 p.269)に載せる康僧鎧訳である。
我建超世願 必至無上道 斯願不滿足 誓不成等覺
我於無量劫 不爲大施主 普濟諸貧苦 誓不成等覺
我至成佛道 名聲超十方 究竟靡不聞 誓不成等覺
離欲深正念 淨慧修梵行 志求無上道 爲諸天人師
神力演大光 普照無際土 消除三垢冥 明濟衆厄難
開彼智慧眼 滅此昏盲闇 閉塞諸惡道 通達善趣門
功祚成滿足 威曜朗十方 日月戢重暉 天光隱不現
爲衆開法藏 廣施功徳寶 常於大衆中 説法師子吼
供養一切佛 具足衆徳本 願慧悉成滿 得爲三界雄
如佛無量智 通達靡不遍 願我功徳力 等此最勝尊
斯願若剋果 大千應感動 虚空諸天人 當雨珍妙華
上記のうち、大正大蔵経と、日本仏教の流布本では、
- 究竟靡不聞 → 究竟靡所聞
- 明済衆厄難 → 広済衆厄難
- 如仏無量智 → 如仏無礙智
- 通達靡不遍 → 通達靡不照
など字句の出入りがある。
読み下し
[編集]以下に、日本仏教の流布本の偈文と、漢文訓読による読み下しの一例を示す。読み下しのしかたや、漢字の音読みの読み方は、宗派や読誦者によって違う。例えば「功祚」は、島地大等は「こうそ」と読むが[3]、「くそ」と読む人もいる。
我、超世の願を建つ。必ず無上道に至らん。斯の願、満足せずんば、誓って正覚を成ぜじ。
(我建超世願 必至無上道 斯願不満足 誓不成正覚)
我、無量劫に於て大施主と為り普く諸〻の貧苦を済はずんば、誓って正覚を成ぜじ。
(我於無量劫 不為大施主 普済諸貧苦 誓不成正覚)
我、仏道を成すに至り名声十方に超えん。究竟して聞ゆる所、靡くんば、誓って正覚を成ぜじ。
(我至成仏道 名声超十方 究竟靡所聞 誓不成正覚)
離欲と深正念と、浄慧とをもって梵行を修し、無上道を志求し、諸〻の天人の師と為らん。
(離欲深正念 浄慧修梵行 志求無上道 為諸天人師)
神力、大光を演べ、普く無際の土を照らし三垢の冥を消除して、広く衆〻の厄難を済はん。
(神力演大光 普照無際土 消除三垢冥 広済衆厄難)
彼の智慧の眼を開きて此の昏盲の闇を滅せん。諸〻の悪道を閉塞して善趣の門を通達せん。
(開彼智慧眼 滅此昏盲闇 閉塞諸悪道 通達善趣門)
功祚、成りて満足せば、威曜は十方に朗らかならん。日月も重暉を戢め、天の光も隠れて現れじ。
(功祚成満足 威曜朗十方 日月戢重暉 天光隠不現)
衆の為に法蔵を開きて、広く功徳の宝を施さん。常に大衆の中に於て、法を説き師子吼せん。
(為衆開法蔵 広施功徳宝 常於大衆中 説法師子吼)
一切の仏を供養して衆〻の徳本を具足せん。願慧、悉く成満し、三界の雄と為るを得ん。
(供養一切仏 具足衆徳本 願慧悉成満 得為三界雄)
仏の無碍の智の如く、通達して照らさざること靡からん。願はくは我が功慧の力、此の最勝尊に等しからんことを。
(如仏無礙智 通達靡不照 願我功慧力 等此最勝尊)
斯の願、若し剋果せば、大千、応に感動すべし。虚空の諸〻の天人、当に珍妙の華を雨ふらすべし。
(斯願若剋果 大千応感動 虚空諸天人 当雨珍妙華)
勤行での読誦
[編集]日本の勤行では、浄土宗や浄土真宗などで康僧鎧訳『仏説無量寿経』の四誓偈が読誦される。
読誦のときの漢字の読み方は、宗派や読誦者の違い、時代の変化によって微妙な差異がある。例えば浄土真宗本願寺派では、「天光隠不現」(てんこうおんぷげん)と「常於大衆中」(じょうおだいしゅちゅう)を、それぞれ「てんこうおんふげん」「じょうおだいしゅじゅう」と読む[4]。
脚注
[編集]- ^ a b 新編浄土宗大辞典「しせいげ/四誓偈」閲覧日2022年9月3日
- ^ a b 坪井俊映「四誓偈の名称と読み方について」、佛教大学浄土学研究室『浄土学研究紀要』6 7-10, 1957-03-30
- ^ 島地大等 編『聖典 : 浄土真宗』(明治書院、1928年)pp.121-123 ※国立国会図書館オンライン https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1130774/68
- ^ 「浄土真宗本願寺派 真宗儀礼講座第3回「重誓偈」①」閲覧日2022年9月3日