塩川静
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塩川 静 | |
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生誕 |
1889年12月24日 日本 神奈川県 |
死没 | 1971年4月8日(81歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1912年 - 1945年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
塩川 静(しおかわ しずか、1889年(明治22年)12月24日[1] - 1971年(昭和46年)4月8日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
経歴
[編集]1889年(明治22年)に神奈川県で生まれた[1]。陸軍士官学校第24期卒業[1]。1938年(昭和13年)7月に輜重兵第2連隊長に就任し[2]、1939年(昭和14年)8月に陸軍輜重兵大佐に進級した[2]。1941年(昭和16年)3月1日に陸軍技術本部附となり[2]、6月15日に陸軍技術本部課長を経て[2]、1942年(昭和17年)8月に中城湾要塞司令官に就任した[2]。
その後、陸軍兵器行政本部技術部制式課長を経て[3]、1944年(昭和19年)4月に第33軍兵器部長(緬甸方面軍)に就任し[2]、インパール作戦で苦戦中のビルマ方面に出征[1]。1945年(昭和20年)3月1日に陸軍少将に進級し[2]、3月5日に緬甸方面軍兵器部長に着任[1]。連合軍を相手に苦戦を強いられ[1]、終戦時はモールメンに位置した[1]。
1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた[4]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。