夜のバラード (南海放送)
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夜のバラード | |
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愛称 | 夜バラ |
ジャンル | トーク |
放送方式 | 録音 |
放送期間 | 1966年10月1日 - 1991年3月29日 |
放送時間 |
月 - 日 23:50 - 0:00(1986年9月まで) → 月 - 金 23:50 - 0:00(1986年10月から) |
放送局 | 南海放送ラジオ |
パーソナリティ | 門田洋子他 |
テーマ曲 | 波の子守唄 |
提供 | 松山・大街道 服部時計店 他 |
夜のバラード(よるのバラード)は、南海放送ラジオで1966年10月1日から1991年3月29日まで約24年間に渡って毎晩放送された[要出典]深夜番組。若者のリスナーからのハガキを中心に構成されていた。
概要
[編集]- リスナーからのハガキ(リクエスト、悩み相談、ポエムなど)中心のトーク番組。
- 1人のDJが10分間を担当。原則として、番組開始当初は月曜から日曜の毎日放送されていた。1986年10月から土曜・日曜の放送が無くなり、月曜〜金曜の放送となった。
- 録音放送であったが、まとめ録りはせず、毎日その日放送する分を収録していた[1]。
- 番組終了が日付が変わる0:00のため、番組のエンディングでは時報への渡しコメントが独特であった。
- テーマ曲の「波の子守唄」は、2人のリスナーが作曲、編曲した。
- なお、石丸美樹時代のテーマ曲には、大江千里のシングル曲『Bedtime Stories』が使われていた[2]。
- 2003年10月には『50時間ラジオマラソン』内で『帰ってきた夜のバラード〜アナウンサー列伝〜』として、復活特番が放送された[3]。
担当パーソナリティ
[編集]- 門田洋子 (1966年 - 1974年)
- 高石佳代子(1974年 - )
- 谷水万里子( - 1978年)
- 松沢はつみ (1978年 - 1986年9月)
- 石丸美樹 (1986年4月 - 1988年12月)
- 青野えつこ (1989年1月[4] - 1991年3月)
放送時間
[編集]- 毎日 23:50 - 0:00 (1966年10月 - 1986年9月)→ 月曜日〜金曜日 23:50 - 0:00 (1986年10月 - 1991年3月)
各曜日のコーナー
[編集]- (1981年)
- (1987年)
- 月曜日:伝言板コーナー (リスナーによる、誰かに伝えたいメッセージを紹介)[6]
- 火曜日・水曜日:近況報告の日 (リスナーの近況を紹介)[6]
- 木曜日:恋のお話コーナー[6]
- 金曜日:宿題の日 (前週のお題に答えていた)[6]
- この当時、紹介されたものの中から「週間賞」「月間賞」が選ばれ、プレゼントが贈られていた[6]。
- この時点では土曜日と日曜日の放送が無くなり、月曜日から金曜日までとなっていた。
その後
[編集]- 初代パーソナリティーの門田洋子の番組門田洋子の青春同窓会内にある「パンドラの箱」のコーナーで、本放送当時にボツにしたハガキを30年ぶりに紹介している。
- 4代目パーソナリティーの松沢はつみの番組(現在は松沢はつみの南海クラシックス内)で帰ってきた夜のバラードとして、16時台から放送している。
脚注
[編集]- ^ 月刊ラジオパラダイス 1988年4月号 p.87 「中波四十七局全国行脚記録帳 第16弾 RNB南海放送の巻」での当番組紹介記事より。
- ^ 月刊ラジオパラダイス 1988年7月号 p.117「お答えしませう」内コーナー「この曲おしえて」より。
- ^ 『夢にはじまる : 南海放送五十年史』南海放送株式会社、2005年9月、282頁 。
- ^ 月刊ラジオパラダイス 1989年2月号 p.70「12・1月タイムテーブル異変報告」
- ^ a b c d e ラジオマガジン 1981年12月号「うちんちの自慢番組」p.90
- ^ a b c d e 月刊ラジオパラダイス 1987年4月号 p.106 当番組紹介記事より。
南海放送ラジオ 月曜 - 金曜 23:50 - 24:00 枠 (1966年10月 - 1991年3月) |
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前番組 | 番組名 | 次番組 |
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きょうの出来ゴコロ
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南海放送ラジオ 土曜 - 日曜 23:50 - 24:00 枠 (1966年10月 - 1986年9月) |
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