大和田健三郎
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大和田 健三郎(おおわだ けんざぶろう、1884年(明治17年)12月[1][2] - 1943年(昭和18年)8月4日[2])は、大正から昭和時代前期の政治家、実業家。貴族院多額納税者議員。
経歴
[編集]茨城県新治郡石岡(現・石岡市)出身[1]。渡邊盛作の三男として生まれ、大和田三郎左衛門の養子となる[1]。慶應義塾大学部理財科で学んだ[2]。
1917年(大正6年)より石岡町会議員のほか、新筑酒造、新筑醤油醸造各組合長、鹿島参宮鉄道、北総電気、茨城電気の各取締役などを歴任する[2]。
のち茨城県多額納税者として貴族院議員に互選され、1932年(昭和7年)9月29日[3]から1939年(昭和14年)9月28日まで1期在任し、同成会に所属した[2]。
親族
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d 人事興信所 1928, オ154頁.
- ^ a b c d e 衆議院、参議院 編 1960, 185頁.
- ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、42頁。
- ^ 人事興信所 1928, ワ57頁.
参考文献
[編集]- 人事興信所 編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年 。
- 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
- 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第1』大蔵省印刷局、1960年 。