大島良士
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大島 良士(おおしま よしお[1]、1890年(明治23年)12月23日[2] - 没年不詳)は、朝鮮総督府官僚。実業家。
経歴
[編集]香川県木田郡氷上村(現在の三木町)出身[2]。1915年(大正4年)に東京帝国大学法科大学独法科を卒業し、大学院に進んだ[2]。同年、高等文官試験に合格し、翌年に朝鮮総督府試補となった[2]。道事務官、咸鏡北道財務部長、慶尚南道財務部長、京畿道財務部長、全羅北道内務部長、平壌府尹、釜山府尹、京畿道内務部長などを歴任した[1][2][3]。
1936年(昭和11年)に退官した後は、東亜窒業株式会社社長、協同油脂株式会社社長、満州協同油脂株式会社社長、協同油脂販売株式会社社長、協同油脂製函株式会社社長、朝鮮造船鉄工所株式会社取締役、朝鮮水産開発株式会社顧問、朝鮮協同海運株式会社相談役などを務めた[1][3]。
脚注
[編集]- ^ a b c 人事興信録 1943.
- ^ a b c d e 輓近大日本拓殖史 1934.
- ^ a b 大衆人事録 1943.
参考文献
[編集]- 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第14版』帝国秘密探偵社、1943年。
- 『輓近大日本拓殖史』日本行政学会、1934年。
- 人事興信所編『人事興信録 第14版(上)』人事興信所、1943年。