大枝総成
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時代 | 平安時代初期 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 不明 |
官位 | 従四位上・伊予守 |
主君 | 嵯峨天皇→淳和天皇→仁明天皇 |
氏族 | 大枝氏 |
父母 | 父:大枝継吉 |
兄弟 | 総成、氏子 |
子 | 氏雄、告子 |
大枝 総成(おおえ の ふさなり)は、平安時代初期の貴族。鋳銭長官・大枝継吉の子。官位は従四位上・伊予守。
経歴
[編集]淳和朝の天長3年(826年)従五位上に昇叙されると、翌天長4年(827年)正子内親王の立后に伴って、正五位下・皇后宮亮に叙任される。同年8月には典侍・継子女王の禁中の宿所の板敷の下に生育していた芝草(霊芝)4株を天皇に献上したている[1]。天長10年(833年)にも従四位下に叙せられており、淳和朝で順調に昇進を果たした。
仁明朝では承和5年(838年)従四位上、承和6年(839年)刑部大輔に叙任されている。承和7年(840年)伊予守として地方官に転じた。
官歴
[編集]『六国史』による。
- 時期不詳:正六位上
- 弘仁10年(819年) 正月7日:従五位下
- 天長3年(826年) 正月7日:従五位上
- 天長4年(827年) 2月28日:正五位下、皇后宮亮(皇后・正子内親王)
- 天長10年(833年) 正月7日:従四位下
- 承和5年(838年) 正月7日:従四位上
- 承和6年(839年) 正月11日:伊○守。9月7日:刑部大輔
- 承和7年(840年) 11月5日:伊予守