子安八幡神社
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子安八幡神社(こやすはちまんじんじゃ)
このうち、東京都大田区の子安八幡神社はいずれも呑川沿い(北糀谷の神社は現在では新呑川)に鎮座しており、また祭神は共に応神天皇である。本項ではこの二つの神社について解説する。
子安八幡神社(仲池上)
[編集]当社は子安神社、八幡神社、根方八幡とも呼ばれている[1]。
歴史
[編集]当社の創建は康元元年(1256年、89代後深草天皇の御代)、当地の領主である池上宗仲が武蔵国の池上山(現在の池上本門寺内)に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請したことに始まるとされる。その後、天正9年(1581年)には遷座の議により現在の地に転社したと伝えられている[2]。
祭神
[編集]- 品陀和気命(15代 応神天皇)[2]
例祭
[編集]所在地
[編集]子安八幡神社(北糀谷)
[編集]歴史
[編集]応永年間(1394-1428年)に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請し創建したと伝えられる。六郷用水を開拓した小泉次太夫吉次がその功績により慶長2年(1597年)に当地を賜ると、幕末(江戸時代末)まで代々領主を勤めることとなった。安永3年(1774年)には時の領主[注 2]である小泉藤三郎包教の武運長久を願って氏子らが石鳥居を当社に奉納しており、現在でも境内に残っている(後述参照)[3][4][5]。
2012年(平成24年)には境内の改修工事が行われ、正面の鳥居などが新造された[5]。
境内
[編集]石鳥居(区指定文化財)
[編集]前述の通り、安永3年(1774年)に氏子らによって奉納された石鳥居が境内の端に現存している。大田区内でも最古の明神型石鳥居であり、区の文化財にも指定されている[3]。
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明神型石鳥居(区指定文化財)
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正面の鳥居(2012年新造)
祭神
[編集]例祭
[編集]所在地
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ a b 第1日曜日が9月1日の場合、翌週の第1土曜日・第2日曜日となる。例えば、2013年や2019年は9月7日・8日の第1土曜日・第2日曜日に催された。
- ^ 北糀谷の辺りは当時、下袋村という地名であった。
出典
[編集]- ^ “子安八幡神社”. 東京都神社庁. 2016年6月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月22日閲覧。
- ^ a b c 東京都神社庁 子安八幡.
- ^ a b 区内最古の石鳥居(北糀谷 子安八幡神社)(大田区ホームページ 2013年6月28日更新)
- ^ 北糀谷子安八幡神社(歴史の浪漫街道 2010年9月)
- ^ a b 東京都大田区 子安八幡神社へ(歩ばあちゃん出会い旅 2012年12月17日)[リンク切れ]
- ^ a b 東京都神社庁 子安八幡神社.
参考文献
[編集]- “八幡神社【子安八幡】”. 東京都神社庁. 2020年12月6日閲覧。 - (仲池上)
- “八幡神社【子安八幡神社】”. 東京都神社庁. 2020年12月6日閲覧。 - (北糀谷)
関連文献
[編集]- 「池上村 八幡社」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ45荏原郡ノ7、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763981/71。 - (仲池上)
- 「下袋村 八幡社」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ41荏原郡ノ3、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763981/19。 - (北糀谷)
関連項目
[編集]- 八幡宮
- 子安
- 八幡神社 (奈良市東九条町) - 安産祈願のご利益があるとされ、別名「子安八幡宮」とも称される(祭神の一柱に応神天皇あり)。