宇野藤吉
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宇野 藤吉(うの とうきち、1868年11月22日(明治元年10月9日)[1][2] - 没年不明)は、日本の商人(雑貨商[3][4]、毅粉商[5])、実業家。貝塚紡織相談役[4][5]。族籍は大阪府平民[1][2][6]。
経歴
[編集]大阪府・鳥居伊平の弟[4]。1893年8月、宇野庄壽計の養子となる[1][2]。1918年、分家する[3][4]。雑貨商を営み、傍ら会社の重役である[3][4]。貝塚織物[1]、貝塚紡織[7]、東洋商工各社長[4]、貝塚銀行監査役[1][6]、泉醤油取締役[4]などをつとめる。
人物
[編集]宇野藤吉について、『商工資産信用録 第29回』には「職業・粉類鍋釜鋳造、調査年月・1928年2月、正身身代・O、信用程度・B」とある[8]。
『商工資産信用録 第34回 近畿版』には「職業・鋳物飼料麦粉酒、調査年月・1933年8月)は「正身身代・P、信用程度・B」とある[9]。
家族・親族
[編集]- 宇野家
→詳細は「宇野茂兵衛 § 家族・親族」を参照
- 養父・庄壽計[1][10]
- 義弟、養弟・茂兵衛(1887年 - ?、宇野製粉所代表社員)[2]
- 妻・ひさ(1869年 - ?、宇野庄壽計の二女)[1][2][3]
- 三男・亀三郎(1901年 - ?、鋳造製粉業、飼料商)[11]
- 四男[6]
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第4版』う4頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年11月27日閲覧。
- ^ a b c d e f 『人事興信録 第5版』う5 - 7頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年11月28日閲覧。
- ^ a b c d 『人事興信録 第11版 上』ウ13頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年11月29日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第12版 上』ウ11頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年11月27日閲覧。
- ^ a b 『日本紳士録 第43版』大阪ウの部41頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年11月30日閲覧。
- ^ a b c 『人事興信録 第7版』う5頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年11月27日閲覧。
- ^ 『日本全国諸会社役員録 第28回』大阪府 上編567頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年11月27日閲覧。
- ^ 『商工資産信用録 第29回』大阪府う之部196頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年6月3日閲覧。
- ^ 『商工資産信用録 第34回 近畿版』大阪府う之部167頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年11月29日閲覧。
- ^ 『大日本金物名鑑』附録大阪府下5頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年9月26日閲覧。
- ^ a b 『人事興信録 第13版 上』ウ8頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年11月27日閲覧。
参考文献
[編集]- 和田辰之助『大日本金物名鑑』金物新聞社、1908年。
- 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
- 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
- 商業興信所編『日本全国諸会社役員録 第28回』商業興信所、1920年。
- 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。
- 商業興信所編『商工資産信用録 第29回』商業興信所、1928年。
- 『商工資産信用録 第34回 近畿版』商業興信所、1933年。
- 交詢社編『日本紳士録 第43版』交詢社、1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第11版 上』人事興信所、1937 - 1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1940年。
- 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。