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守山村 (富山県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
もりやまむら
守山村
廃止日 1942年4月1日
廃止理由 編入合併
伏木町佐野村能町村野村二塚村守山村高岡市
現在の自治体 高岡市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
都道府県 富山県
射水郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 3,111
(1940年)
隣接自治体 高岡市氷見郡宮田村神代村西礪波郡国吉村
守山村役場
所在地 富山県射水郡守山村大字守山村[1]
座標 北緯36度46分36秒 東経136度59分54秒 / 北緯36.77678度 東経136.99847度 / 36.77678; 136.99847 (守山村)座標: 北緯36度46分36秒 東経136度59分54秒 / 北緯36.77678度 東経136.99847度 / 36.77678; 136.99847 (守山村)
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守山村(もりやまむら)は、かつて富山県射水郡にあった

現在の高岡市守山地区にあたり、北東部の二上丘陵には守山城跡があり、西部には能越自動車道高岡北インターチェンジがある。また、富山県立高岡支援学校や、富山県立二上工業高等学校の跡地を活用した富山県立高岡高等支援学校もある。

概要

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1940年時点での戸数は380、人口は3,111人であった[1]

農産物は米、サツマイモ、ジャガイモ、ダイコンなど。昭和初期までは養蚕業で射水郡内1位の繭の数量、桑の収穫量であった[1]

沿革

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  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、射水郡守山町、須田村、五十里村、西海老坂村及び東海老坂村の区域をもって、射水郡守山村が発足する。
  • 1932年昭和7年)5月26日 - 同日午後、子供の火遊びより民家から出火、フェーン現象などにより大火となり、隣接する二上村にも飛び火して山林約180haと130戸(うち守山村40戸)全焼[1][2]
  • 1942年(昭和17年)4月1日 - 高岡市に編入する。

参考文献

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  • 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。

脚注

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  1. ^ a b c d 角川日本地名大辞典 16 富山県』(1979年10月8日、角川書店発行)863 - 864ページ
  2. ^ 『新聞に見る20世紀の富山 第1巻』(2000年5月20日、北日本新聞社発行)202頁。

関連項目

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