小原貞敏
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小原 貞敏(おばら さだとし、1901年1月29日 - 1988年7月19日)[1]は、日本の工学者。専門は機械工学[1]。鹿児島大学名誉教授 [1]。鹿児島大学工学部長や鹿児島工業高等専門学校初代校長を歴任。
人物
[編集]鹿児島県鹿児島市[1]高麗町出身[2]。1918年[3]鹿児島県立第二鹿児島中学校 (旧制)卒業[2][3]。1922年第七高等学校造士館 (旧制)理科卒業[4]。1925年[1]京都帝国大学工学部機械工学科卒業[1][2]。大学卒業後に南満州鉄道へ入り機関士見習いからたたき上げ、あじあ (列車)の設計に携わる[2]。終戦直前に満鉄本部運輸局長[2]。戦後1946年から鹿児島県立工業専門学校 (旧制)でボイラー関係を教える[2](県立工業専門学校は学制改革で1949年2月に鹿児島県立大学工学部となる[5])。鹿児島県立大学教授時代は労働問題にも携わる[2]。1954年鹿児島県立大学第2代工学部長に就任[5]。1955年7月に県立大学が国立移管され鹿児島大学工学部教授・工学部長となり[5]、工学部長を4期務めた後[2]、1963年隼人町に新設された鹿児島工業高等専門学校の初代校長に着任[2]。1971年勲二等瑞宝章[1]。