小林ゆり子
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こばやし ゆりこ 小林 ゆり子 | |
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プロフィール | |
出身地 | 日本 東京都八王子市 |
生年月日 | 1978年1月15日(46歳) |
血液型 | O型 |
最終学歴 | フェリス女学院大学卒業 |
職歴 | テレビ岩手アナウンサー |
活動期間 | - 2008年12月 |
ジャンル | 情報番組 |
担当番組・活動 | |
出演経歴 |
『5きげんテレビ』 『週末はファンキーSOUL』 『ドキ土キ☆アミーGO!』 |
その他 | 地上デジタル放送推進大使 |
小林 ゆり子(こばやし ゆりこ、1978年1月15日[1] - )は、元テレビ岩手のアナウンサー。
来歴
[編集]大学を卒業後、テレビ岩手に入社。報道制作局アナウンス部に配属され、2008年12月まで同局のアナウンサーを務めた。同局がアナログ放送を行っていた頃には、アナウンス業務と並行して地上デジタル放送推進大使も務めていた[2]。
アナウンス部在籍中の2003年に、小学館の『週刊ポスト』編集部から取材と写真撮影のオファーを受けた。その際のインタビューと写真は、同年9月1日発売の同誌に掲載された[3]。また、2004年には同局のアナウンサーであった鈴木直志とともに、毎年盛岡市で行われている盛岡文士劇に参加・出演した[4]。そして2005年には、盛岡市在住作家・高橋克彦の作品を原作とする映画の撮影にも参加した[5]。
人物
[編集]「食アナ」「食の女王」などの異名を取る健啖家。テレビ岩手公式サイト内コンテンツの「デジカメ写真館」では、その食欲旺盛ぶりを何度も取り上げられている(下記外部リンク節のバックナンバーリストを参照)。ちなみに東京の実家で暮らす母親は娘以上の健啖家であり、小林が自身のプロフィールページに「母にだけは勝てません。永遠のライバルです」と記すほどであった[6]。
他にダンスも好きで、高校・大学時代にはダンス部に所属していた。また、小学生のときにもクラシックバレエを習っていた[6]。
担当番組
[編集]- いわて特盛!5きげんテレビ → 5きげんテレビ - キャスター(隔週出演)
- 月刊 元気一番"生"テレビ(ミヤギテレビ製作)[6]
- 週末はファンキーSOUL
- ドキ土キ☆アミーGO!
脚注
[編集]- ^ “アナウンサー:プロフィール 小林 ゆり子”. テレビ岩手. 2001年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年12月12日閲覧。
- ^ “[Dpa] 地デジ放送局一覧”. デジタル放送推進協会. 2008年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年12月12日閲覧。ただし閲覧時に文字化けが生じるため、ウェブブラウザ側から文字コードの設定変更(テキストエンコーディング)をする必要がある。
- ^ “デジカメ写真館 第8回「週刊ポストが小林アナを取材!」”. TVIアナウンサー【デジカメ写真館】 (2003年8月19日). 2019年12月12日閲覧。
- ^ “デジカメ写真館 第22回 「盛岡文士劇に鈴木アナと小林アナが出演」”. TVIアナウンサー【デジカメ写真館】 (2004年12月6日). 2019年12月12日閲覧。
- ^ “デジカメ写真館 第32回 「小林アナが映画に出演!」”. TVIアナウンサー【デジカメ写真館】 (2005年10月3日). 2019年12月12日閲覧。
- ^ a b c “アナウンサープロフィール 小林 ゆり子”. テレビ岩手. 2004年11月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年12月12日閲覧。
外部リンク
[編集]- 小林 ゆり子 - テレビ岩手『アナウンサの部屋』 - ウェイバックマシン(2009年1月25日アーカイブ分)
- デジカメ写真館 第69回 小林アナ送別スペシャルバイキング大会開催!〜前編〜 - テレビ岩手『アナウンサの部屋』 - ウェイバックマシン(2011年3月19日アーカイブ分)
- デジカメ写真館 第70回 小林アナ送別スペシャルバイキング大会開催!〜後編〜 - テレビ岩手『アナウンサの部屋』 - ウェイバックマシン(2011年3月19日アーカイブ分)
- TVIアナウンサー【デジカメ写真館】 - 2007年3月以前のバックナンバーリスト。小林の尽きることのない食欲旺盛ぶりは、このリストにある記事で何度も取り上げられている。