小柳津政雄
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小柳津 政雄 | |
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生誕 |
1895年7月22日 日本 東京府 |
死没 | 1971年10月21日(76歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1916年 - 1945年 |
最終階級 | 陸軍中将 |
小柳津 政雄(こやいづ まさお[1]、1895年(明治28年)7月22日[2] - 1971年(昭和46年)10月21日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
経歴
[編集]1895年(明治28年)に東京府で生まれた[2]。陸軍士官学校第28期卒業[2]。1923年(大正12年)3月に陸軍派遣学生として東京帝国大学理学部化学科を卒業した[1][3]。1938年(昭和13年)7月15日に陸軍砲兵大佐進級と同時に陸軍技術本部部員に着任[1]。1939年(昭和14年)3月9日に陸軍科学研究所所員に転じ[1]、5月20日に北支那方面軍司令部附となり[1]、11月1日に関東軍化学部長に就任した[1]。
1940年(昭和15年)12月に陸軍科学研究所第2部長に転じ[1]、1941年(昭和16年)6月15日に陸軍技術本部研究所所員に就任し[1]、10月15日に陸軍少将に進級した[1]。1942年(昭和17年)10月に第6陸軍技術研究所長に就任し[2]、1945年(昭和20年)4月30日に陸軍中将に進級[1]。同年7月28日に近畿軍需監理部長に転じ終戦を迎えた[2]。
1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[4]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 秦郁彦 編『日本陸海軍総合事典 第2版』東京大学出版会、2005年。ISBN 4130301357。
- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。