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小池新太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
小池新太郎
こいけ しんたろう
生年月日 1893年11月10日
出生地 日本の旗 日本 兵庫県宍粟郡染河内村
(現・兵庫県宍粟市
没年月日 (1949-07-02) 1949年7月2日(55歳没)
出身校 兵庫県立農学校
前職 実業家
所属政党日本進歩党→)
民主党
宗教 真言宗

選挙区 兵庫県第2選挙区
当選回数 1回
在任期間 1946年 - 1947年3月31日

第17・18代 染河内村
在任期間 1936年2月11日 - 1940年2月9日
1940年2月11日 - 1946年3月5日
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小池 新太郎(こいけ しんたろう、1893年11月10日[1][2] - 1949年7月2日[3][4])は、日本の政治家衆議院議員(1期)。

経歴

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兵庫県宍粟郡染河内村(現・宍粟市)生まれ[2][4][5]1923年5月、家督相続[2]兵庫県立農学校で学んだ後、普通文官試験に合格して、1930年まで税務署属であった[2]。染河内村農業会長、同森林組合長、同農地委員会長、宍粟郡畜産組合長(1939年3月22日から[6])、同家畜保険組合長、同輓馬組合長、兵庫県農業会宍粟支部長、中国食品工業(株)取締役社長、日東工業(株)取締役となる[3]

1936年2月11日から1940年2月9日までと、同月11日から1946年3月5日まで第17・18代染河内村長を務めた[7]

1946年の第22回衆議院議員総選挙で兵庫県第2区(大選挙区制)から日本進歩党公認で立候補して定数7人中5位で当選[8][9]、1期務める[5]。日本進歩党では党常議員、党常任幹事を務めた[5]。翌1947年第23回衆議院議員総選挙には出馬しなかった。1949年死去。宗教は真言宗[2]

脚注

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  1. ^ 衆議院『第九十回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1946年、6頁。
  2. ^ a b c d e 代議士録』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  3. ^ a b 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』236頁。
  4. ^ a b 兵庫県人物事典 下巻』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  5. ^ a b c 国会大鑑 衆議院篇』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  6. ^ 兵庫県畜産組合聯合会二十年史 下巻』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  7. ^ 兵庫県市町村合併史 下』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  8. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』152~153頁。
  9. ^ 兵庫2区 - 第22回衆議院議員選挙(衆議院議員総選挙)1946年04月10日投票 | 選挙ドットコム”. 選挙ドットコム. 2024年6月13日閲覧。

参考文献

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  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。