小田香
小田 香(おだ かおり、1987年 - )は、日本の映像作家。主にドキュメンタリー映画の手法を使った実験的な作品の監督・製作で知られ、とくにサラエボの炭鉱を舞台とする第一長篇『鉱 ARAGANE』(2015)や、メキシコの自然と人々の関わりを描いた『セノーテ』(2020)などが高く評価されている[1][2]。
経歴
[編集]小田は高校卒業まで大阪府で過ごしたのちアメリカへ留学、2011年にバージニア州のホリンズ大学(英語版)教養学部映画コースを修了[3]。卒業制作として自分自身と家族の関係を題材に製作した『ノイズが言うには』が、なら国際映画祭の学生部門で観客賞を受賞し注目を集める[4][5]。
2013年、世界的な映画監督タル・ベーラによる若手育成プログラムの創設が発表されると、これに応募・合格し第一期生として参加。以後プログラムの拠点であるサラエボで3年間を過ごした[6]。この間にポーラ美術振興財団在外研究員として助成を受けて研究と製作を継続、2016年に同プログラムを終了して映画の博士号を取得した[6]。
このプログラム参加中に製作されたのが、ボスニア・ヘルツェゴビナのブレザ炭鉱(英語版)を舞台とする第一長篇『鉱 ARAGANE』(2015)で、同作はトロント国際映画祭などに出品されたのち、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞を受賞[6]。また2020年に坂本龍一・黒沢清らを審査員とする大島渚賞が新設されると、その第一回受賞作品に選ばれている[2]。
2017年からメキシコのユカタン半島に点在する巨大な洞窟泉「セノーテ」を舞台とする作品の構想を練り始め、現地を繰り返し訪れる。現地では自らスキューバダイビングを学び、水中撮影を行った[7]。
この素材をもとにした長篇第二作『セノーテ』は、愛知芸術文化センター・愛知県立美術館の製作で2019年に完成し、ロッテルダム国際映画祭などで招待上映されたのち、メキシコのFICUNAM映画祭とスペインのムルシア国際映画祭では特別賞を受賞するなど国際的に高い評価を受けた。また同作で2021年度の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞[4]。
映像作品を使ったインスタレーションなども手がけ、東根市まなびあテラス「小田香 光をうつして―映画と絵画」(山形、2020年)での絵画作品の個展に加えて[8][9]、青森県立美術館との共同アートプロジェクトにも参加している(「美術館堆肥化計画」2021~2023年)[10]。
手法・評価
[編集]小田は作品の多くで、簡易な機材を使って自ら撮影・編集するスタイルをとっており、『セノーテ』では水中撮影に iPhone 7、地上のインタビューなどでは8ミリカメラを使っている[7]。
またしばしばフィクションとドキュメンタリーの境界があいまいになる瞬間を意識的に作品へ取り込むことでも知られ、『ノイズが言うには』では自ら画面に登場して小田自身と家族のかかわりにカメラを向けながら、そこに事前の創作にもとづく劇映画のような部分とドキュメンタリー的な部分をあえて混在させている[11]。こうした制作姿勢は被写体に対するカメラがもつ「暴力性」や[12]、映像における虚実の関係についての現代的なアプローチと受けとめられている[13][14]。
小田の作品は早くから海外で注目を集め、英国映画協会は『ノイズが言うには』を原一男や市川崑の作品とならぶ「現代日本の傑作ドキュメンタリー10本」のひとつとして挙げ、同作が「自分自身を主題とする《セルフ・ドキュメンタリー》という日本映画の伝統を、知的かつ実験的に再構築している」と指摘した[13]。また評論家の蓮實重彦は『鉱 ARAGANE』を取りあげて絶賛、「驚くべきショットが随所に挿入」「こんな監督が日本にいていいのかと思うほど」などと評している[15]。
受賞
[編集]- 2011年 - なら国際映画祭学生部門・観客賞 - 『ノイズが言うには』
- 2015年 - 山形国際ドキュメンタリー映画祭・特別賞 - 『鉱 ARAGANE』
- 2019年 - FICUNAM映画祭(メキシコ)・特別賞 - 『セノーテ』
- 2019年 - ムルシア国際映画祭(スペイン)・特別賞 - 『セノーテ』
- 2020年 - 第1回大島渚賞 - 『鉱 ARAGANE』
- 2021年 - 芸術選奨・文部科学大臣新人賞 - 『セノーテ』
監督作品
[編集]公開年 | 邦題 | 英語題名 | 長さ(分) |
---|---|---|---|
2010 | 〈邦題なし〉 | Anywhere But Here | 8 |
2010 | ノイズが言うには | Thus a Noise Speaks | 38 |
2012 | ひらいてつぼんで | The Thread of Red Cocoons | 13 |
2014 | 〈邦題なし〉 | Lost in Bosnia[16] | 95 |
2014 | 呼応 | Ko oh (Conniving) | 19 |
2015 | フラッシュ | FLASH | 25 |
2015 | 鉱 ARAGANE | Aragane | 68 |
2017 | 色彩論 序章 | Theory of Colours: prologue | 6 |
2017 | 天 | TEN | 11 |
2017 | シネ・ヌーヴォ20周年プロジェクト | Cine nouveau 20th Anniversary Project | 18 |
2017 | あの優しさへ | Toward a Common Tenderness | 63 |
2018 | TUNE | TUNE | 6 |
2018 | 風の教会 | Wind Church | 12 |
2019 | Night Cruise | Night Cruise | 7 |
2019 | セノーテ | Cenote | 75 |
2020 | OURT CINEMAS | OURT CINEMAS | 4 |
2021 | 夜行列車 | Night Train | 10 |
2022 | ホモ・モビリタス | Homo Mobilitas | 12 |
2022 | Underground[17] | Underground | 9 |
2022 | カラオケ喫茶ボサ | Karaoke Cafe BOSA | 13 |
2023 | GAMA | GAMA | 53 |
2024 | Underground[18] | Underground | 83 |
外部リンク
[編集]- 小田香公式サイト
- 薄暮の光でセノーテを ─ ユカタン半島上映記(亜紀書房「あき地」連載、2023-)
- 映画『セノーテ』日本とメキシコつなぐ“聖なる泉”を描くための風景・光景・音景の演出(Cinemarche、2020-11-07)
- 小田香×磯野真穂対談 私は理解したいし、理解されたい(理解できないけれど)(paperC、2021-09-30)
- 小田香インタビュー:連載「新時代の映像作家たち」(批評誌『エクリヲ』2020-09-20)
- Toward a Common Tenderness: An Interview with Kaori Oda(MUBI, 2020-03-17)
関連項目
[編集]出典
[編集]- ^ “小田香『セノーテ』初公開 | 展覧会 | 愛知県美術館”. www-art.aac.pref.aichi.jp. 2023年9月22日閲覧。
- ^ a b “第1回(2020)/大島渚賞|大島渚賞|PFF(ぴあフィルムフェスティバル)公式サイト”. PFF(ぴあフィルムフェスティバル)公式サイト. 2023年9月22日閲覧。
- ^ “小田香”. DOTPLACE. 2023年9月22日閲覧。
- ^ a b “小田香|Tokyo Art Research Lab”. Tokyo Art Research Lab. 2023年9月22日閲覧。
- ^ “小田香特集2020”. ケイズシネマ (2020年9月5日). 2023年9月22日閲覧。
- ^ a b c “小田香 | Kaori ODA”. fieldrain. 2023年9月22日閲覧。
- ^ a b “『セノーテ』小田香監督インタビュー | インタビュー|神戸映画資料館”. kobe-eiga.net. 2023年9月22日閲覧。
- ^ “特集 小田香「光をうつして」 | TAKENORI MIYAMOTO / Portfolio”. TAKENORI MIYAMOTO / Portfolio | (2021年5月11日). 2023年9月22日閲覧。
- ^ まなびあテラス. “特集 小田香 光をうつしてー映画と絵画|美術館のイベント|イベント情報|東根市公益文化施設まなびあテラス”. まなびあテラス. 2023年9月22日閲覧。
- ^ “美術館堆肥化計画2023 Museum Composting Project 2023”. 青森県立美術館. 2023年9月22日閲覧。
- ^ “「タレンツ・トーキョー」〈後編〉 小田香 | Tokyo Art Navigation”. 2023年9月23日閲覧。
- ^ “小田 香:未知と対話し、過去と現在をつないでいく|GINZA CREATER’S FILE vol.2”. GINZA (2021年1月4日). 2023年9月23日閲覧。
- ^ a b “10 great Japanese documentaries” (英語). BFI. 2023年9月22日閲覧。
- ^ Gorham, Luke (2020年7月24日). “Japan Cuts 2020 - Dispatch 2” (英語). In Review Online. 2023年9月23日閲覧。
- ^ 蓮實重彦 (2020). 見るレッスン 映画史特別講義. 光文社
- ^ タル・ベーラの育成プログラム参加者らによるアンソロジー作品。小田は共同監督として参加。Fradelic, Suncica; Alqudcy, Ghazi; Cole, Graeme (2014-11-30), Lost in Bosnia 2023年9月22日閲覧。
- ^ https://www.sapporo-community-plaza.jp.+“「西2丁目地下歩道映像制作プロジェクト」小田香による映像作品『Underground 』が完成!4月1日より上映を開始します。 | お知らせ”. 札幌市民交流プラザ. 2023年9月22日閲覧。
- ^ “『セノーテ』『鉱 ARAGANE』小田香監督最新作『Underground アンダーグラウンド』2025年2月、ユーロスペースほか全国順次公開”. underground-film.com. 2024年10月31日閲覧。