山田川 (桐生市)
山田川 | |
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水系 | 一級水系 利根川 |
種別 | 一級河川 |
延長 | 9.4 km |
流域面積 | 21.5 km2 |
水源 | 鳴神山 |
河口・合流先 | 渡良瀬川(桐生市川内町二丁目・三丁目) |
流路 | 群馬県桐生市川内町 |
流域 | 群馬県桐生市川内町 |
山田川(やまだがわ)は、群馬県桐生市を流れる川。利根川水系渡良瀬川左支流の一級河川で、足尾山地の鳴神山を源とする[1]。
概要
[編集]桐生市中西部の川内町を流れる。延長約9.4キロメートル[2]。流域面積は約21.5平方キロメートルである[3]。
渡良瀬川との合流点近くの山田川水位観測局内に河川監視カメラが設置されており、群馬県の動画配信チャンネル「ツルノス」で出水期にあたる7月1日から10月31日まで川の様子をライブ配信している[4]。
山田川周辺はホタルの生息地として知られており、夏季になるとゲンジボタルが飛び交う姿が見られる。山田川ホタル友の会によって沿川の環境美化活動が行われている[5]。
地理
[編集]桐生市川内町五丁目の鳴神山に源を発し、川内町五丁目を南に流れ、川内町三丁目と二丁目を結ぶ下須永橋付近で渡良瀬川に合流する。主な支流に名久木川がある[2]。
上流部の川内町五丁目の駒形地区は群馬県道338号駒形大間々線の起点で、駒形地区の南の吹上地区はおりひめバス川内線の終点となっている。
近隣の河川として、塩沢川・小平川・小倉川・桐生川がある。これらの河川はいずれも足尾山地南西部を南流して渡良瀬川に注いでいて、平行状の流路分布を示している[6]。
歴史
[編集]山田川の流域は、平安時代中期の『倭名類聚抄』に見える山田郡四郷の一つである山田郷に含まれたと推定されている[7][8]。山田川の上流域は戦国時代に仁田山郷と呼ばれ、山田川右岸の石尊山に、桐生城の支城の仁田山城があった[9][10]。
山田川の下流右岸に、栓状耳飾りや石鏃の出土地として知られる千網谷戸遺跡がある。1946年(昭和21年)から発掘調査が始まり、1977年(昭和52年)以後の調査では縄文時代後期・晩期の竪穴建物跡が発見され、1号建物跡と4号建物跡からの出土遺物は1984年(昭和59年)6月6日に国の重要文化財に指定された[11][12]。
1981年(昭和56年)8月の台風15号や1982年(昭和57年)9月の台風18号の影響により、山田川で水害が発生したことから、1986年(昭和61年)度から山田川の改修事業が行われており、2022年(令和4年)度の完了を予定している[3]。
支流
[編集]- 栃久保沢
- 宮ノ沢
- 名久木川
- 金屑沢
- 岩久保沢
橋梁
[編集]- 橋場橋(群馬県道338号駒形大間々線)
- 落合橋
- 山田橋(群馬県道342号川内堤線)
- 割田橋
- 昭和橋
- 鳥ノ海橋
- 高橋
- 天神橋
- むつみ橋
- 下須永橋
脚注
[編集]- ^ 『角川日本地名大辞典 第10巻 群馬県』960頁 山田〈桐生市〉
- ^ a b 渡良瀬川圏域河川整備計画 2011年(平成23年)6月7日更新、2021年(令和3年)8月1日閲覧。
- ^ a b 一級河川 山田川 河川改修事業(渡良瀬川合流~山田橋上流地点) 2020年(令和2年)12月25日更新、2021年(令和3年)8月1日閲覧。
- ^ 2021年(令和3年)7月27日 桐生タイムス 2面 ライブ動画で「今の川」配信
- ^ 2021年(令和3年)6月8日 上毛新聞 20面 ゲンジボタル 幻想的 桐生・山田川
- ^ 『群馬の川』15頁 水系パターン
- ^ 『角川日本地名大辞典 第10巻 群馬県』960頁〔古代〕山田郷
- ^ 『ふるさと桐生のあゆみ』41頁 山田郡と大野朝臣
- ^ 『角川日本地名大辞典 第10巻 群馬県』732頁 仁田山郷〈桐生市〉
- ^ 『桐生・山の地誌』47-48頁 石尊山
- ^ 『日本歴史地名大系 第10巻 群馬県の地名』667頁 千網谷戸遺跡
- ^ 『角川日本地名大辞典 第10巻 群馬県』619頁 千網谷戸遺跡〈桐生市〉
参考文献
[編集]- 斎藤叶吉・山内秀夫 監修『群馬の川』上毛新聞社、1978年(昭和53年)
- 平凡社地方資料センター 編『日本歴史地名大系 第10巻 群馬県の地名』 平凡社、1987年(昭和62年)
- 角川日本地名大辞典編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 第10巻 群馬県』 角川書店、1988年(昭和63年)
- ふるさと桐生のあゆみ編集委員会 編『ふるさと桐生のあゆみ』桐生市教育委員会、1998年(平成10年)
- 増田宏『桐生・山の地誌』みやま文庫、2018年(平成30年)