岡本宣綱
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岡本 宣綱(おかもと のぶつな、天正11年(1583年) - 慶安2年(1649年))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将。常陸国の戦国大名(のちに出羽国に移封され秋田藩藩主)佐竹氏の家臣。岡本顕逸の子。通称は蔵人。入道して如哲・如庵と号す。
経歴
[編集]祖父・岡本禅哲の時代から岡本氏は僧籍にあったため、宣綱も剃髪していたが、佐竹義宣の命を受けて還俗し、その側近として仕えた。義宣より「宣」の字を与えられて諱を宣綱とする。大坂の陣に従軍して功を挙げたという。寛永元年7月(1624年8月)、義宣の命により、義宣の養子で嫡男となった佐竹義直の傅役となったが、翌寛永2年2月(1625年3月)に辞任した。義直が仏像の彫刻や仏書に傾倒し、宣綱の諌言に従わなかったためといわれている。後に義直は廃嫡された。1631年、再び僧籍に戻った。
参考文献
[編集]- 三浦賢童編「秋田武鑑 全」(無明堂出版、1981年、原著者は「久保田家中分限帳」の著者)