岩手中学校・高等学校
表示
(岩手高校から転送)
岩手中学校・高等学校 | |
---|---|
北緯39度42分32.9秒 東経141度8分18.6秒 / 北緯39.709139度 東経141.138500度座標: 北緯39度42分32.9秒 東経141度8分18.6秒 / 北緯39.709139度 東経141.138500度 | |
国公私立の別 | 私立学校 |
設置者 | 学校法人岩手奨学会 |
校訓 | 積慶・重暉・養正 |
設立年月日 | 1926年2月11日 |
創立者 | 三田義正 |
共学・別学 | 男子校 |
中高一貫教育 | 併設型 |
課程 | 全日制課程 |
単位制・学年制 | 学年制 |
設置学科 | 普通科 |
学科内専門コース |
特別進学コース 総合進学コース |
学校コード |
C103320100010 中学校) D103310000010 (高等学校) | (
高校コード | 03501H |
所在地 | 〒020-0062 |
岩手県盛岡市長田町7-60 | |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
岩手中学校・高等学校(いわてちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、岩手県盛岡市長田町にある私立中高一貫校。通称は「岩中」(がんちゅう)、「岩高」(がんこう)。
東北地方唯一の男子校である。なお、国立大学の岩手大学とは無関係である。
沿革
[編集]- 1926年 - 創立者三田義正により盛岡市大沢川原に旧制岩手中学校開校。
- 1927年 - 県内初の体育の授業としてラグビーを実施。これをもって岩手県ラグビーの発祥の地となる。
- 1938年 - 盛岡市仁王字田甫に校舎移転。
- 1947年 - 学制改革により、新制岩手中学校へ移行。
- 1948年 - 学制改革により、新制岩手高等学校となる。
- 1976年 - 創立50周年記念式典を挙行。
- 1978年 - 新校舎施工。
- 1996年 - 創立70周年記念式典を挙行。
- 2006年 - 創立80周年記念式典を挙行。
- 2008年 - 併設型中高一貫校の認可を受ける。
部活動
[編集]岩手高校では石桜会と呼ばれる生徒会を中心に17の運動部と8の文化部が活動をしている。 特に、囲碁将棋部と山岳部は全国的に知られる強豪校である。
運動部
[編集]
文化部
[編集]- 囲碁将棋:将棋班は全国屈指の強豪。全国大会(1995年以降は全国高等学校総合文化祭に編入)に16度出場、団体戦で六連覇含む10回の優勝(編入以前含む)の他に入賞複数回の実績がある。平成22年に所属していた部員が全国高校将棋の竜王戦・新人戦・選手権の団体と個人の史上初の四冠獲得[1][2]。
平成23年の第14回学生将棋選手権(団体戦)では大学生に混じり中央大学、神戸大学、京都大学を各5-0と圧倒して決勝トーナメントに進みベスト4の結果を残す[3]。 平成30年には第33回オール学生選手権で大学生に混じり高校勢最高の4位に食い込んだ。また、全国高等学校総合文化祭団体戦で2年連続準優勝したほか、高校竜王、初の新進棋士奨励会(通称・奨励会)員が誕生している。 囲碁班も8度出場、1度の優勝の実績がある。平成25年には盛岡市民栄誉賞を受賞している[4]。フジテレビの番組ザ・ノンフィクションにおいて『偏差値じゃない 奇跡の高校将棋部』として2013年に放送され第50回ギャラクシー賞選奨受賞を受賞している。
著名な出身者
[編集]- 佐々木光司(岩手町長)
- 高橋克彦(小説家)
- 村上昭夫(詩人)
- 中川慧梧(アマチュア棋士)
- KYO-SUKE(プロマジシャン・俳優)
- 円子宏(プロ野球選手)
- 小武方信一(プロ野球選手)
- 前田剛秀(レーシングドライバー)
- 西川潤(プロレスラー)
- 大将(お笑い芸人)[5] - お笑いコンビ「スーパーニュウニュウ」のメンバー。
- 村民代表南川(お笑い芸人)[5]
交通
[編集]関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ 囲碁将棋部紹介
- ^ 入賞等
- ^ 第14回学生将棋選手権大会
- ^ 交流や普及に尽力 盛岡市 文化分野初の市民栄誉賞 高総文祭3連覇 岩手高囲碁将棋部
- ^ a b 大将(スーパーニュウニュウ) [@taisho_supanew] (2021年12月4日). "同じ岩手高校出身の村民代表南川と一緒に岩手高校出身者にだけ届く石桜同窓会報読んだよ!いつか2人で載りたいと思ったよ!!!". X(旧Twitter)より2021年12月4日閲覧。
- ^ 交通アクセス岩手中学校・高等学校 2023年10月25日閲覧
- ^ 岩手県交通バス時刻表(盛岡管内) 平成29年4月1日改正 p.82・83
- ^ 岩手県北バス 八幡平方面バス時刻表