布留今道
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時代 | 平安時代前期 |
---|---|
生誕 | 不明 |
死没 | 不明 |
官位 | 従五位下・三河介 |
主君 | 清和天皇→陽成天皇→光孝天皇→宇多天皇→醍醐天皇 |
氏族 | 布留氏 |
父母 | 父:布留常名または布留浄直 |
子 |
高真、高主 近道 |
布留 今道(ふる の いまみち)は、平安時代前期の貴族・歌人。物部日向の後裔で、布留常名または布留浄直の子とする系図がある。官位は従五位下・三河介。
経歴
[編集]貞観3年(861年)内蔵少属に任ぜられると、貞観8年(866年)内蔵少允、元慶元年(877年)内蔵大允と長く内蔵寮の官人を務め、元慶6年(882年)従五位下に叙爵。元慶9年(885年)造酒正。
宇多朝に入ると、寛平4年(892年)下野介、寛平10年(898年)三河介と地方官を歴任した。
勅撰歌人として、『古今和歌集』に和歌作品3首が採られている[1]。
官歴
[編集]『古今和歌集目録』による。
- 貞観3年(861年) 8月21日:内蔵少属
- 貞観8年(866年) 正月13日:内蔵少允
- 元慶元年(877年) 10月18日:内蔵大允
- 元慶6年(882年) 正月7日:従五位下
- 元慶9年(885年) 2月20日:造酒正
- 寛平4年(892年) 2月21日:下野介
- 寛平10年(898年) 正月29日:三河介
系譜
[編集]以下2種類の系図が伝わっている。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年