帯刀貞代
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たてわき さだよ 帯刀 貞代 | |
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『写真近代女性史』(1953年)より | |
生誕 |
1904年6月7日 島根県飯石郡掛合村(現・雲南市) |
死没 | 1990年3月31日(85歳没) |
国籍 | 日本 |
出身校 | 松江高等女学校(現・島根県立松江北高等学校) |
帯刀 貞代(たてわき さだよ、1904年6月7日 - 1990年3月31日)は、日本の女性運動家、新日本婦人の会代表委員。
来歴
[編集]島根県飯石郡掛合村(現・雲南市)出身。松江高等女学校(現・島根県立松江北高等学校)卒業後の1924年に上京、織本利との結婚をきっかけに労働運動に関わる(1929年離婚)。昭和初め、全国婦人同盟や無産婦人同盟の結成に参加した。
1929年8月、東洋モスリン亀戸工場の女性労働者を主たる対象として「労働女塾」を開いた[1]。労働者意識と女子教育を組み合わせた教育活動を行う。1930年同工場の閉鎖を巡る労働争議に参加、その後検挙と投獄を繰り返しながら執筆活動を行った。戦後も婦人解放運動に取り組んだ。
1962年10月19日、新日本婦人の会が結成され[2]、初代代表委員に帯刀、平塚らいてう、羽仁説子、丸岡秀子、勝目テル、櫛田ふきの6人が選ばれた[3]。
著書
[編集]- これからの婦人 世界画報社 1948
- 働く女性のために 雄文社 1949
- 日本の婦人 婦人運動の発展をめぐって 岩波新書 1957
- 女性の生き方 新日本新書 1973
- ある遍歴の自叙伝 草土文化 1980.6
- 日本労働婦人問題 ドメス出版 1980.7
- 共著
- 戦後婦人運動史 長谷川章子、井手文子共著 大月書店 1960(戦後運動史双書)
脚注
[編集]- ^ 小畑精武. “東洋モスリン争議と帯刀貞代の「労働女塾」”. 現代の理論. 2023年10月31日閲覧。
- ^ 『全国組織婦人団体名簿』 1981, p. 11.
- ^ 『日本女性史大辞典』, pp. 397–398.
参考文献
[編集]- 婦選会館調査出版部 編『全国組織婦人団体名簿』財団法人婦選会館、1981年8月。
- 金子幸子、黒田弘子、菅野則子、義江明子 編『日本女性史大辞典』吉川弘文館、2008年1月10日。ISBN 978-4642014403。
- 井手文子「帯刀貞代」(『国史大辞典 15』(吉川弘文館、1996年) ISBN 978-4-642-00515-9)