コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

幻想曲D940

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『幻想曲 ヘ短調』
ドイツ語: Fantasie f-Moll
シューベルトの自筆譜
ジャンル ピアノ連弾曲
作曲者 フランツ・シューベルト
作品番号 op.103
D940
作曲 1828年

幻想曲 ヘ短調(げんそうきょく へたんちょう、ドイツ語: Fantasie f-Moll作品103、D 940は、フランツ・シューベルトが死去の年、1828年に作曲したピアノ連弾曲。シューベルトの数多い連弾曲の中でも、とりわけ印象深い晩年の傑作として、多く演奏されている。

概要

[編集]
カロリーネ・フォン・エステルハージ

作曲が開始されたのは1828年の1月で、自筆の清書譜が完成したのは4月だった。初演は同年の5月9日、友人のエドゥアルト・フォン・バウエルンフェルト英語版のための私的演奏として行われた。シューベルト自身と、友人の作曲家指揮者であるフランツ・ラハナーとの連弾による。

出版はシューベルトの死後の1829年に行われたが、生前のシューベルトの意志通りにカロリーネ・エステルハージ英語版に献呈されている[1]。シューベルトは1818年夏、ツェレス英語版(ウィーンの東480km、現在はスロヴァキアのジェリエゾフツェ)に滞在するエステルハージ伯爵一家の音楽教師として雇われ、2人の娘マリーとカロリーネにピアノを教える。さらに1824年5月にも招聘されて夏別荘のピアノ教師を務め、この2度の滞在を通じてシューベルトは妹のカロリーネ(1824年当時18歳)に恋心を抱いていた[2][3]

評価

[編集]

音楽学者・評論家の前田昭雄は「今までに書かれたピアノ連弾のためのあらゆる作品のうちで、最も深いものを湛えた傑作」と評価している[4]

ほかの編成のための編曲でも取り上げられ、ドミトリー・カバレフスキーによるピアノと管弦楽版、フェリックス・モットルエルンスト・ルドルフウィレム・ヴァン・オッテルローらによる管弦楽版、ハロルド・バウアーによる2台ピアノ版などがある。

構成

[編集]

単一楽章だが、全体は大きく4つの部分で出来ている。全体を通したソナタ形式と、緩徐部とスケルツォ部を含む4楽章構成が重ね合わされていると考えることができ、この点で『さすらい人幻想曲』と類似している[1][5]が、より伝統的なソナタ形式からは離れている。全曲で571小節。演奏時間は約16 - 19分[6]

  • アレグロ・モルト・モデラート (Allegro molto moderato) ヘ短調 4/4拍子 120小節
    ソナタ形式の提示部にあたる。付点リズムによる主題(譜例1)[7]が提示され、やがて同じヘ短調による決然とした第2の主題(譜例2)が現れて、この2つが交互に転調、変奏を加えられていく。後半に冒頭の楽想が原調で復帰するため、三部形式と考えることも可能である[5]
    譜例1
     \relative c'' {\clef treble \key f \minor \numericTimeSignature \time 4/4 \tempo "Allegro molto moderato" r2 r8.^\markup {\smaller {(Primo)}} c16\p[ c8.c16] \appoggiatura c16 f4( c8) r8 r8. c16[ c8. c16] \appoggiatura c16 f8.[( c16) c8.-. c16-.] \appoggiatura c16 f8.[( c16) c8.-. c16-.] c8.( des16 bes8) r8}
    譜例2
      
<<
  \relative c \clef bass \key f \minor \numericTimeSignature \time 4/4{<f as c'>4.^\markup {\right-align \column {\line {\smaller {(Secondo)} \line {\dynamic f}}}} f8-! g4-! bes-! as4.^\sf f8-! g4-! bes-! as4.^\sf f8 bes4 des'4 c'4 bes8. as16 g4 f}
  \\
  \relative c {<f, f,>4. f8-! g4-! bes-! as4. f8-! g4-! bes-! as4. f8 bes4 des4 c4 bes8. as16 g4 f}
>>
  • ラルゴ (Largo) 嬰ヘ短調 4/4拍子 43小節
    ソナタ形式の展開部前半にあたる緩徐部。フランス序曲風の複付点リズムによる重厚な両端部分と、嬰ヘ長調の穏やかな中間部分からなる三部形式
  • アレグロ・ヴィヴァーチェ (Allgro vivace) 嬰ヘ短調 3/4拍子 275小節
    ソナタ形式の展開部後半にあたると同時に、"Con delicatezza"(優美に)と記されたニ長調の楽想を中間においた「スケルツォとトリオ」でもある。
  • テンポ・プリモ(アレグロ・モルト・モデラート) (Tempo I (Allegro molto moderato)) ヘ短調 4/4拍子 133小節
    ソナタ形式の再現部にあたる。第1部冒頭の楽想が再現されたあと、第2の主題による大規模なフガートが展開する。終曲直前に、経過的にヘ音ホ音が半音で衝突するなどの苦々しい不協和音が現れるが、サブドミナントの付加六の和音を経て静かに主和音に終結する。

楽譜

[編集]
  • ヘンレ社原典版 ISBN 978-4636002003
  • ベーレンライター原典版(新全集版)Werke für Klavier zu vier Händen, Band 3 ISBN 979-0006539871
  • シューベルト ピアノ連弾名曲集 (1) 全音ピアノライブラリー ISBN 978-4111070213
  • ペータース社 ISBN 979-0577082776

脚注

[編集]
  1. ^ a b 平野昭「4手ピアノ曲」『作曲家別名曲解説ライブラリー17 シューベルト』音楽之友社、1994。p.216-219。
  2. ^ 村田千尋『作曲家・人と作品 シューベルト』音楽之友社、2004。p.56-58。ISBN 978-4276221765
  3. ^ 映画『未完成交響楽』では、シューベルトがカロリーネの前で「交響曲ロ短調」をピアノ演奏しようとして完奏を果たせず、未完成の曲の譜面に「わが恋の成らざるが如く、この曲もまた終わらじ」と記して『未完成交響曲』となった、というフィクションを展開したが、実際にカロリーネと関連があるのはこの『幻想曲ヘ短調』である。
  4. ^ 『カラー版 作曲家の生涯 シューベルト』新潮文庫、1993。 P.157。ISBN 978-4101272115
  5. ^ a b Yin Mak, Su. "Formal ambiguity and generic reinterpretation in the late instrumental music". Schubert's Late Music: History, Theory, Style. Cambridge University Press, 2016. p.289.
  6. ^ 短い演奏では、ケルン・ピアノ・デュオの 15'56"(録音:1996年4月23-25日 アルテ・ノヴァ 74321 43326 2)、長い演奏としてはイモージェン・クーパー & ポール・ルイスの 21'03"(録音:2009年6月)がある。
  7. ^ 平野昭は「ハンガリー的情趣をもった(...)主題」と表現している。平野、p.217。

外部リンク

[編集]