張皇后 (曹芳)
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張皇后 | |
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魏の皇后 | |
在位 | 嘉平4年2月 - 嘉平6年3月 |
配偶者 | 曹芳 |
父親 | 張緝 |
張皇后(ちょうこうごう、生没年不詳)は、中国三国時代の魏の曹芳の皇后。司隸馮翊郡高陵県の人[1]。父は張緝。
生涯
[編集]先后の甄皇后の死去を受け、嘉平4年(252年)2月に皇后に立てられた。
嘉平6年(254年)2月、父の張緝の司馬師排斥計画が露見し、三族は皆殺しとなった[2]。張皇后は処刑は免れたが、3月に廃位。夫の曹芳もまた9月に、司馬師によって廃位された[3]。
羅貫中の小説『三国志演義』では、第109回で登場。張緝のクーデターが露見した後、司馬師の命令で絞殺される。
出典
[編集]- 陳寿撰、裴松之注『三国志』巻4 魏書 斉王紀(中国語版ウィキソース)