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志甫勤一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
志甫 勤一郎
生誕 1891年4月21日
日本の旗 日本 東京府
死没 (1969-09-08) 1969年9月8日(78歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1912年 - 1945年
最終階級 陸軍少将
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志甫 勤一郎(しほ きんいちろう、1891年明治24年)4月21日[1] - 1969年昭和44年)9月8日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将

経歴・人物

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東京府出身[1][2]1912年(明治45年)陸軍士官学校第24期卒業、陸軍歩兵少尉に任官[1][3]

1938年(昭和13年)7月に陸軍工兵大佐陸軍通信学校研究部主事、1939年(昭和14年)8月に電信第3連隊長、1942年(昭和17年)3月に関東軍通信教育隊長を経て、1943年(昭和18年)3月に陸軍少将に進み、1944年(昭和19年)11月に陸軍通信学校長を経て、終戦を迎えた[1][2]

1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[4]

栄典

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脚注

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  1. ^ a b c d e 福川 2001, 372頁.
  2. ^ a b 外山 1981, 322頁.
  3. ^ 外山 1981, 308頁.
  4. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」138頁。
  5. ^ 『官報』第167号「叙任及辞令」1913年2月21日。

参考文献

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  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026