恋に恋して (1938年の曲)

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恋に恋して」(こいにこいして)あるいは「フォーリング・イン・ラヴ・ウィズ・ラヴ」(“Falling in Love with Love”[注 1]は、ロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャース作曲のミュージカル・ナンバージャズ・スタンダード曲。1938年ミュージカルシラキュースから来た男たち英語版』のために書かれた。オリジナルは4分の3拍子であるが、ジャズにおいては4分の4拍子で歌唱・演奏されることが大半である[2][3]

劇中歌として[編集]

シラキュースから来た男たち英語版[注 2]において「恋に恋して」は、主人公の双子のうちひとりの妻であるアドリアナが、使用人たちとタペストリーを織る場面において歌われる[4]

ブロードウェイ・ミュージカル『シラキュースから来た男たち』の初演は1938年11月23日にアルヴィン劇場英語版で行われた[5][2]。アドリアナ役のミュリエル・アンゲルス英語版によって歌われた本楽曲は、「ジス・キャント・ビー・ラヴThis Can’t Be Love」とともに人気を博し、ミュージカル自体も235公演を記録、その後21世紀初頭に至るまで繰り返しリバイバル公演されている[5][2][4]。1940年の映画版英語版にブロードウェイ版から流用された4曲のうち1曲にも本楽曲は含まれており、アラン・ジョーンズローズマリー・レーン英語版デュエットで歌唱された[6][4]

1997年のテレビ映画『シンデレラ』においては、バーナデット・ピーターズ演じる継母により歌唱された。そのほか、1940年のロンドンにおけるレヴュー『アップ・アンド・ドゥーイングUp and Doing』においてはビニー・ヘイル英語版が本楽曲を歌唱している[6]

評価[編集]

Mast (1991)[7]は本楽曲についてアメリカ人によってこれまでに書かれたワルツのうち、もっとも叙情的なもののひとつであると評する。また繰り返される旋律のパターンについて、Wilder (1990)[7]は織物に関連する歌詞との結びつきを指摘し、Hischak (1995)[7]仕事toilingの単調さを示唆していると述べる。

スタンダード曲として[編集]

音楽・音声外部リンク
フランセス・ラングフォードによる歌唱YouTube Music
ヘレン・メリルによる歌唱(YouTube Music)

1939年にはフランセス・ラングフォードとハリー・ソスニク&ヒズ・オーケストラによる録音がチャートの18位にランクインしている[4]

ジャズとしての演奏は、まず1954年に録音されたヘレン・メリルによる歌唱が挙げられる[1][2]。ジャズにおいて殆どの場合4分の4拍子で演奏されるのは[2][3]、この録音におけるクインシー・ジョーンズの編曲とクリフォード・ブラウンの演奏、メリルの歌唱のコンビネーションが素晴らしかったためであろうと池上 (2019) は述べる[注 3]。一方作曲者のロジャースはこの曲は本来のワルツとして歌われるべきであると考えており、たとえばローズマリー・クルーニーによる歌唱について厳しい反応を示したと伝えられている[8][2][注 4]。1944年のフランク・シナトラによる録音は4分の3拍子であるが、ジャズにおいて同様の例は少ない[2][3]

主な録音[編集]

リーダー/ヴォーカル 収録アルバム 録音年 推薦者
フランク・シナトラ 1944 Gioia (2021)
クリフォード・ブラウンTp.[9] クリフォード・ブラウン・メモリアル英語版 1953 Tyle (n.d.)
ヘレン・メリルVo. ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン 1954
キャノンボール・アダレイA.Sax キャノンボール・アダレイ・ウィズ・ストリングス英語版 1955
ジミー・スミスOrg. ア・デイト・ウィズ・ジミー・スミス Vol.1英語版 1957
マル・ウォルドロンPf.[10] ザ・ディーラーズ英語版 1957 Gioia (2021)
ケニー・ドーハム(Tp.) ジャズ・コントラスツ英語版 1957 Tyle (n.d.)
ハンク・モブレーT.Sax[11] ハンク・モブレー英語版 1957 Gioia (2021)
ウェス・モンゴメリーGt.[12] モンゴメリーランド 1959 Gioia (2021)
ジーン・アモンズ(T.Sax[13]&ドド・マーマローサ英語版(Pf.[13] Jug & Dodo 1962 Gioia (2021)
シーラ・ジョーダン(Vo.[14] ポートレイト・オブ・シーラ英語版 1962 Gioia (2021)
ジョー・パス(Gt.) キャッチ・ミー英語版 1963[15] CDジャーナル (2004)
キース・ジャレット(Pf.) 星影のステラStandards Live 1963
アート・ブレイキーDr.[16] ストレート・アヘッド英語版 1981 Gioia (2021)
ソニー・ロリンズ(T.Sax) JAZZに恋して英語版 1989
ヘンドリク・モーケンスドイツ語版Hmc.[17] Harmonicus Rex 2010 Gioia (2021)

そのほか主な録音としては、以下の音楽家によるものが挙げられる。

注釈[編集]

  1. ^ 「フォーリン・イン・ラヴ・ウィズ・ラヴ」(“Fallin’ in Love with Love”)とも[1]
  2. ^ ロジャースのアイデアによりシェイクスピアの『間違いの喜劇』を題材として書かれたミュージカル。演出家はジョージ・アボット英語版[4]
  3. ^ クリフォード・ブラウンは、これに先立つ1953年の録音においても、4分の4拍子を採用している[3]
  4. ^ 同様の例としては、「ラヴァー英語版」も挙げられる[2]
  5. ^ Kelley Johnson。1980年代からシアトルで活動するジャズ・ヴォーカリスト。ガールスクール同名ギタリスト英語版とは別人[18]

出典[編集]

  1. ^ a b CDジャーナル 2004.
  2. ^ a b c d e f g h 池上 2019.
  3. ^ a b c d Gioia 2021.
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o Burlingame n.d.
  5. ^ a b Bordman & Norton 2010, pp. 571f.
  6. ^ a b c d e f g h i j k l Hischak 2007.
  7. ^ a b c Burlingame (n.d.) からの孫引き。
  8. ^ Lehman 2009 (池上 2019からの孫引き).
  9. ^ クリフォード・ブラウン・メモリアル”. UNIVERSAL MUSIC JAPAN. ユニバーサルミュージック (c. 2019). 2021年12月20日閲覧。
  10. ^ The Dealers | Credits”. AllMusic. NetAktion. 2021年12月13日閲覧。
  11. ^ ハンク・モブレー”. UNIVERSAL MUSIC JAPAN. ユニバーサルミュージック (c. 2016). 2021年12月11日閲覧。
  12. ^ モンゴメリーランド”. UNIVERSAL MUSIC JAPAN. ユニバーサルミュージック. 2021年12月13日閲覧。
  13. ^ a b Jug & Dodo”. TOWER RECORDS ONLINE. タワーレコード. 2021年12月11日閲覧。
  14. ^ ポートレイト・オブ・シーラ”. UNIVERSAL MUSIC JAPAN. ユニバーサルミュージック (c. 2019). 2021年12月13日閲覧。
  15. ^ ジョー・パス / キャッチ・ミー”. CDJournal. シーディージャーナル. 2021年12月11日閲覧。
  16. ^ Straight Ahead | Credits”. AllMusic. NetAktion. 2021年12月13日閲覧。
  17. ^ Harmonicus Rex | Credits”. AllMusic. NetAktion. 2021年12月13日閲覧。
  18. ^ Henderson, Alex. “Kelley Johnson | Biography”. AllMusic. NetAktion. 2021年12月13日閲覧。

参考文献[編集]

アスタリスク(*)を附した文献は、孫引きである。

  • Wilder, Alec (1990-10). American Popular Song — The Great Innovators, 1900-1950. Oxford University Press. ISBN 0-19-501445-6 *
  • Mast, Gerald (1991-01). Can’t Help Singin’. Overlook Press. ISBN 0-87951-362-4 *
  • Hischak, Thomas S. (1995-05-09). The American Musical Theatre Song Encyclopedia. Greenwood. ISBN 0-313-29407-0 *
  • CDジャーナル 編「フォーリン・イン・ラヴ・ウィズ・ラヴ」『ジャズ・スタンダード名曲徹底ガイド』 上、音楽出版社〈CDジャーナルムック — 名曲コレクション〉、2004年7月、64頁。ISBN 4-900340-93-6 
  • Hischak, Thomas S. (2007). “Falling in Love with Love”. The Rodgers and Hammerstein encyclopedia. Greenwood Press. p. 81. ISBN 978-0-313-34140-3 
  • Lehman, David (2009). A Fine Romance — Jewish Songwriters, American Songs. Nextbook. ISBN 978-0-8052-4250-8 *
  • Bordman, Gerald; Norton, Richard (2010). American Musical Theatre — A Chronicle. Oxford University Press. ISBN 978-0-19-972970-8 
  • 池上, 信次 (2019年9月24日). “作曲者はジャズマンに怒り心頭? 大スタンダード「恋に恋して」の真実”. サライ.jp. ジャズを聴く技術〜ジャズ「プロ・リスナー」への道. 小学館. 2021年12月11日閲覧。
  • Gioia, Ted (2021). “Falling in Love with Love” (英語). The Jazz Standards — A Guide to the Repertoire (2nd ed.). Oxford University Press. ISBN 9780190087173 
  • Falling in Love with Love”. JazzStandard.com. 2021年12月11日閲覧。
    • Burlingame, Sandra. “Origin and Chart Information”.
    • Tyle, Chris. “Jazz History Notes”.

外部リンク[編集]