批判的人種理論
批判的人種理論(ひはんてきじんしゅりろん、英:critical Race theory)はアメリカにおいて発展した批判理論の一つ[1]。
概要
[編集]現代のアメリカにおけるマルクス主義(アメリカのマルクス主義/アメリカンマルキシズム)の主要理論の一つである。ジョナサン・ブッチャーとマイク・ゴンザレスの研究論文によれば批判的人種理論は以下を推進しているという[2]。
- 抑圧者と被抑圧者というカテゴリーから成るマルクス主義的な社会分析
- 革命が起きないのは被抑圧者が抑圧者の文化的信条を信じているためであり、再教育の期間が必要だという認識
- 同時に、絶えざる批判を通じてすべての社会規範を解体する必要性
- あらゆる権力構造やその表現を、抑圧者と被抑圧者だけから成る世界観に置き換える取り組み
メリーランド大学のジョージ・R・ラ・ヌー教授は「批判的人種理論は、人種は人間を特定・分析する主要な手段になるという信念を起点としており、白人を最上位、黒人を最下位とする人種階層が存在すると仮定する。そのなかでは、個人的な行動は重視されない。なぜならアメリカに暮らす人はみな、組織的人種差別、構造的人種差別、制度的人種差別の社会のなかでそれぞれの役割を果たしているにすぎないからだ。批判的人種理論は既存のさまざまな人種格差を指摘し、それを人種差別の結果だと主張することにより、こうした視点を支持する。この視点から見れば、雇用、住宅、契約、教育などの分野で公民権法を施行しようとする公的機関や民間機関の取り組みは不十分あるいは無意味である。
批判的人種理論は、この状況に対して二つの反応を示す。
「第一に、あらゆる白人は、白人優越主義により有利な立場にあることを認め、自分達が非難に値することを受け入れなければならない。そうでないとしたら、それは「白人の心のもろさ」のためだ。つまり、人種差別に加担していたと教えられたときに白人が示すと言われる本能的な自己防衛である。第二に、なかには個人的にこれまで差別をしておらず、人種による区別のない法や政策を支持してきたという白人もいるかもしれないが、そんな言い訳は許されない。なぜなら、白人の集団的行動が抑圧的だったからだ」
「白人は(中略)各分野において無期限にわたり、さまざまな形で非白人の人種的優先を要求する「反人種差別的」政策を支持しなければならない」
と述べている[3]。
歴史
[編集]批判的人種理論はアメリカにおいて公民権運動とそれがもたらした法制度の変化にもかかわらず社会的、経済的地位の向上しないアフリカ系アメリカ人の不満を背景に1970年代後半から伝統的な法理論への問題点の指摘という形で批判的法学研究として登場した。
その後、批判的法学研究から枝分かれする形で展開され注目されるようになったのが批判的人種理論で1980年代半ばから多くの著作が公開され始め1989年にはウィスコンシン州マディソン市で批判的人種理論の立場に立つ学者たちによってコンファレンスが開かれたこなどにより批判的人種理論が法学的傾向を表すものとして姿をあらわすにいたった[4]。
展開
[編集]批判的人種理論に基づきニューヨークタイムズ紙は黒人奴隷が初めてアメリカに連れてこられた年をアメリカの真の建国の年とする「1619プロジェクト」を展開した。このプロジェクトはアメリカ独立革命の精神を否定するものだという批判もある(マーク・R・レヴィン、140‐147頁)。2013年以降には批判的人種理論の影響からニューヨークタイムズ、ワシントンポストなどの主要紙で人種差別理論に同調しない人々を「白人優越主義」という「人種差別」であると非難する論調が急速に増え始めた(148‐150頁)。
マルクス主義と批判的人種理論の融合からブラック・ライブズ・マター(BLM)という組織も生まれた。創設者の一人パトリッセ・カラーズは百万ドルもの価値をもつ四つの住宅を所有している(157頁)。BIMの当初の綱領では家族の廃止を訴えていた。
このような黒人をメインにした批判的人種理論の亜流として成長が著しい「ラテン系批判的人種理論」によれば「合衆国民」は侵入者であり「メキシコ系アメリカ人」こそ合衆国の領有権を主張する権利があるという。さらにアメリカへの同化は「国内植民地主義」であるとし不法移民や不法在留外国人を正当化している(162‐172頁)。その他に強力な政治勢力に成長しつつある運動に批判的ジェンダー理論がある。この理論によれば支配的な社会や文化がLGBTQ+コミニティを抑圧しているというものである。この理論によれば「ジェンダーは社会的に構成された人工的なものであり個人が自由に選べるもの」だという。この批判的ジェンダー理論や運動の起源はマルクス主義フェミニズムにある(173‐184頁)。また1970年代の環境運動は環境保護主義を隠れ蓑にしたマルクス主義的な思想でグリーンニューディールは経済的な後退や急進的な平等主義、独裁的な支配を推進している。運動の核心にあるのは「脱成長」であり、「気候変動は人為的なものだ」として現代人の生活様式を絶えず批判している(190‐204頁)。
参考文献
[編集]- マーク・R・レヴィン, 山田美明『アメリカを蝕む共産主義の正体』徳間書店、2023年。ISBN 9784198656768。 NCID BD03622884 。
- Delgado, Richard, ed (1995). Critical Race Theory: The Cutting Edge. Philadelphia: Temple University Press. ISBN 978-1-5663-9347-8
- Dixson, Adrienne D.; Rousseau, Celia K., eds (2006). Critical Race Theory in Education: All God's Children Got a Song. New York: Routledge. ISBN 978-0-415-95292-7
- Epstein, Kitty Kelly (2006). A Different View of Urban Schools: Civil Rights, Critical Race Theory, and Unexplored Realities. Peter Lang. ISBN 978-0-8204-7879-1
- Fortin, Jacey (8 November 2021). “Critical Race Theory: A Brief History”. The New York Times
- Critical Race Theory in Education (1st ed.). Routledge. (2018). ISBN 978-1-138-84827-6
- Goldberg, David Theo (2 May 2021). “The War on Critical Race Theory”. Boston Review
- Taylor, Edward (Spring 1998). “A Primer on Critical Race Theory: Who are the critical race theorists and what are they saying?”. Journal of Blacks in Higher Education (19): 122–124. doi:10.2307/2998940. JSTOR 2998940.
- 大沢秀介「批判的人種理論に関する一考察」『法學研究 : 法律・政治・社会』第69巻第12号、慶應義塾大学法学研究会、1996年12月、67-93頁、CRID 1050564288907543552、ISSN 0389-0538、NAID 110000333443。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- ^ 大沢秀介 1996.
- ^ 『アメリカを蝕む共産主義の正体』, p. 114.
- ^ 『アメリカを蝕む共産主義の正体』, p. 115‐116.
- ^ 大沢秀介 1996, p. 67-68.