攻撃的兵器

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攻撃的兵器(こうげきてきへいき、: offensive weapons[1])は、日本国政府の「内閣による憲法解釈[注 1]」では、性能上専ら相手国国土の「壊滅的な破壊のためにのみ用いられる(only for the mass destruction[1])」兵器[4]であり、核兵器の運搬手段として理解されてきた概念である[5]

概要[編集]

原爆投下前
投下後
「国土の壊滅的破壊」の具体例として挙げられた広島への原爆投下による投下前後の被害状況

日本国において「性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる」ものであり、「自衛のための必要最小限度の範囲を超え、いかなる場合にも保有が許されない」、「日本国憲法第9条で保持が禁止されている『戦力』に該当する兵器」と解されており、ICBM長距離戦略爆撃機攻撃型空母が例示されている[6][4]

このうち、「壊滅的な破壊」とは、「防御するよりは攻撃的に相手に大きな損害を与えて戦意をくじく考え方に基づき、核攻撃機などによって都市やあるいは工業地帯などが壊滅的な破壊を受けるような状況[7]」を意味し、壊滅的な破壊力を持った兵器として、一発で二十万人の犠牲者が発生した広島に落とされた原爆が例示されている[8]。このような「相手に大きな被害を与えること、そのことをもってそれを抑止力とするような物」を攻撃的兵器と定義している[9]

これは、都市部などに核報復を行うという脅しによって、敵に対して自国への攻撃を思いとどまらせる「懲罰的抑止」の考え方に基づき、主として核兵器によって相手の都市部や人口密集地に対して耐え難い損害を与えることを目的とする、核戦略の専門用語でいうところのカウンターバリュー英語: Countervalue[10]戦略の手段としての兵器である[11]

一方で、戦後憲法解釈では、平和安全法制における憲法解釈変更以前の民主党政権時代も通じて、拒否的抑止の手段としてのカウンターフォース英語: Counterforce能力たる敵基地攻撃能力[11]の保有も核兵器の保有も憲法9条のもとで「可能」との解釈が一貫して維持されている[12][5]

ICBM[編集]

発射されるピースキーパーICBM
  • 国際条約上、ICBMとは『アメリカ本土とソ連本土を結ぶ最短距離である5,500km以上の射程を有する弾道ミサイル[13]』と定義されている。

日本政府は

  • ICBMIRBMポラリスSLBM戦略核兵器[14]」であり、「 ICBMに限らず、IRBMMRBM等という区分は核弾道ミサイルを射程で区分した言い方[15]」であって、「大陸に撃ち込む為の搭載のMRBMは攻撃的兵器に該当する」と解釈する[16]など、「ICBM以外の弾道弾であっても、他国に侵略的、攻撃的な脅威を与えるようなもの、また国土の壊滅的な破壊をするような物は保有できない[17]」と解している。
  • 一方で、「ICBM並の射程を持つ非核弾道ミサイルは(1978年の答弁時点では)存在していない[17]として、憲法上保有が可能か否かの判断は示されてない。

長距離戦略爆撃機[編集]

AGM-158巡航ミサイルを投下するB-2爆撃機
  • 国際条約及び日本国の国会制定法律上、長距離戦略爆撃機(long-range strategic bombers)の定義は存在しない[注 2]

日本政府は「長距離戦略爆撃機」とは

  • 「本土防衛あるいは自衛のためというよりは、より遠距離を飛んで相手の国土そのものを攻撃するために専ら用いられる兵器であり、核搭載の有無よりも、その使用形態から専守防衛・自衛のための装備ではなく、専ら他国の攻撃に用いられる兵器として、自衛の必要最小限度の範囲を超える[20]」ものであり、仮に敵基地攻撃能力を保持する際においても長距離戦略爆撃機の保有は選択肢から除外される[21]と解している。
  • 一方で「自衛権の三要件を満たした上で、相手国の領空内に戦闘機が入って、その戦闘機から爆撃をする事は排除されない[22]」としている。
  • 長距離戦略爆撃機の具体的な例として、アメリカの「B-52[23]」、ソ連の「Tu-95ベアM-4バイソン[24]」が例示されている。

攻撃型空母[編集]

CVAN-65に着艦するVAH-7所属のA-5A
  • 国際条約及び日本国の国会制定法律上、攻撃型空母の定義は存在しない。「攻撃空母」という分類が存在した時期はあったものの、これは攻撃型空母とは異なるものと指摘されている[25]

日本政府は攻撃型空母を

  • 極めて大きな破壊力を有する爆弾を積めるなど大きな攻撃能力を持つ多数の対地攻撃機を主力とし、その性能上専ら相手国の国土の壊滅的破壊のために用いられる[26]
  • 他国の国土を壊滅的に破壊するほどの能力を持った空母であり、核兵器等の大量破壊兵器を搭載することができる空母[27]

と定義しており、「核攻撃が可能な航空機を搭載した米国の空母を攻撃型空母の例[28]」として例示している[29]

  • 一方で「対潜水艦用の例えばヘリコプター搭載空母というようなもの、垂直離着陸機のみを搭載するような空母は、対潜水上空母・軽空母であり持ちえない物では無い[30]」として憲法解釈上保有が許されない攻撃型空母とは別種の艦艇であると定義し、「防衛のための空母は持ち得る[31][32]」と解されている。
  • ただし、相手国の領空内に戦闘機が入って、その戦闘機から爆撃をする事は敵基地攻撃能力の手段から除外されない[22]ものの、仮に1万トン程度の空母であっても、ハリアー攻撃機又はそれが性能向上した物が「海外の領域を攻撃する任務を与えられるようなものとして設計され、製造され、そのようなシステムとして機能する場合」は一種の攻撃型空母になり得ると解されている[33][注 3]

なおアメリカ軍は、重攻撃飛行隊(VAH)を解体して空母での戦略核運用を廃止した後、1975年までに攻撃型空母(CVA)という艦種分類は廃止された[35]。その後1994年の「核態勢の見直し」 (NPRの非戦略核戦力の項目において空母艦載型の核・非核両用機への核兵器搭載能力を除去を決定しており[36][37]、2012年までに空母を含むすべての水上戦闘艦艇から核兵器を撤去・解体を完了した[38]

攻撃的兵器に該当しない例[編集]

日本国政府の憲法解釈上、攻撃的兵器に該当しないとされる具体的な例は下記の通り。

戦術核兵器[編集]

化学兵器・生物兵器[編集]

スタンド・オフ・ミサイル[編集]

  • 巡航ミサイルについて、「長距離を飛翔し、広島の核と比べて極めて大きい破壊力を持つ核兵器を搭載するもの」は壊滅的な破壊を与えるものであるが、「比較的短距離を飛翔し、核を搭載していないもの」は壊滅的な破壊力というよりは、目標に正確に到達する兵器に過ぎないとしている[49]
  • 核兵器を搭載していない非核のトマホークミサイルについて、「攻撃的兵器に該当する場合[注 5]」には保有する事が出来ないとしている[52][注 6]
  • スタンド・オフ・ミサイルは、「一層厳しさを増す安全保障環境を踏まえ、諸外国の航空能力の進展が著しい中、我が国防衛に当たる自衛隊機が相手の脅威の圏外から対処できるようにすることで、自衛隊員の安全を確保しつつ、我が国を有効に防衛するために導入するものであり、あくまでも、専守防衛の下、国民の生命・財産と領土・領海・領空を守り抜くため、自衛隊の装備の質的向上を図る観点から導入するものであることから、これを保有することは、自衛のための必要最小限度の実力を超えるものではない[53][54]」として、あくまでも敵の脅威圏外からこれを攻撃し、自衛隊がより安全に日本の防衛にあたることができるようにするためのものであるため、これは攻撃的兵器にはあたらないと整理されている[29]。 
  • スタンド・オフ・ミサイルとして、「JSM」、「JASSM」、「LRASM」及び「12式地対艦誘導弾能力向上型」が例示されている[55][56]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 三権のうち行政権に基づく憲法の有権解釈の一つではあり、憲法解釈の発表に先立って行われる内閣の閣議決定はじ後の歴代内閣を拘束する[2]。ただし、国会制定法や最高裁判所の解釈には及ばず、「最終的な公権解釈ではあり得ない」とされると解されている[3]。しかしながら2023年5月末現在、攻撃的兵器を定義する法律および最高裁判例は存在していないため、内閣の憲法解釈が唯一の拘束力ある有権解釈として存在している。
  2. ^ 長距離戦略爆撃機という呼称ではないものの、政府が例示してる機種が該当する区分として、START I において定義された「燃料満載かつ7.5トンの武装を搭載した状態で、空中給油無しで最大効率で飛行し着陸するまでの最大航続距離8000㎞以上であること」又は「最大射程600㎞以上の核搭載型の空中発射式の核搭載巡航ミサイルを運用可能であること[18]」のいずれかの条件を満たす「重爆撃機[19]」との国際条約上の分類は存在する。
  3. ^ 昭和47年(1972年)の答弁時点で、既にアメリカ海兵隊がAV-8Aハリアー攻撃機として採用しており、ヘリコプター揚陸艦からの運用も行っているため、ハリアーを艦上運用し敵地攻撃する使用法は前提事項である事に留意が必要である。なお、当時ハリアーをもとにした艦上戦闘機版としてイギリス海軍向けに開発されていたシーハリアーFRS.1では、核爆弾 (WE.177による攻撃も任務として想定されていた[34]
  4. ^ 化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律 第三十四条及び施行令第六条 その他の機関等は経済産業大臣の許可の下で、特定物質の製造や使用が行える。
  5. ^ 実際の答弁については「結局攻撃的兵器の場合に関しましては自衛隊は持てないということである」であるが、「場合」というのは「起こりうる可能性の中から1つのことを取り上げて、それが起きた時に必要な対応を述べる表現」であり「実際あったことには使えない」日本語文法表現であることに注意が必要である[50][51]。つまり、文法上「仮に非核トマホークミサイルが攻撃的兵器であれば日本は保有する事が出来ないが、それが実際に攻撃的兵器であったことはない」という日本語表現となる。
  6. ^ 例えば仮に核以外の大量破壊兵器である化学兵器生物兵器を搭載した場合など、どのような非核トマホークが「広島市への原子爆弾投下に相当する相手国国土の壊滅的な破壊」を与える攻撃的兵器に該当し得るのかについての解釈は示されていない。

出典[編集]

  1. ^ a b Overview and Fundamental Concepts of National Defense” (2022年4月1日). 2023年1月4日閲覧。
  2. ^ 内閣衆質一八三第一二五号 平成二十五年七月二日 衆議院議員武正公一君提出閣議決定の有効性に関する質問に対する答弁書
  3. ^ 『憲法の有権解釈』、5頁。
  4. ^ a b 憲法第9条の趣旨についての政府見解” (2022年4月1日). 2022年12月1日閲覧。
  5. ^ a b 上村 2023.
  6. ^ 第208回国会 参議院 外交防衛委員会 第11号 令和4年4月28日 政府答弁
  7. ^ 第84回国会 衆議院 予算委員会 第16号 昭和53年2月18日 「他国の国土の潰滅的破壊」の定義に関する政府答弁
  8. ^ 第84回国会 衆議院 予算委員会 第16号 昭和53年2月18日 広島に投下された原爆に関する政府見解
  9. ^ 第84回国会 衆議院 予算委員会 第16号 昭和53年2月18日 攻撃的兵器に関する政府答弁
  10. ^ "counter-value strategy". ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. コトバンクより2022年11月30日閲覧
  11. ^ a b 村野 2020.
  12. ^ 倉持 2022.
  13. ^ 第一次戦略兵器削減条約におけるICBMの定義
  14. ^ 第65回国会 衆議院 内閣委員会 第26号 昭和46年5月15日 核兵器の区分に関する政府答弁
  15. ^ 第84回国会 衆議院 内閣委員会 第7号 昭和53年3月2日 核弾道ミサイルの区分についての答弁
  16. ^ a b 第75回国会 衆議院 内閣委員会 第20号 昭和50年5月29日 政府答弁” (1975年5月29日). 2022年12月26日閲覧。
  17. ^ a b 第84回国会 衆議院 内閣委員会 第7号 昭和53年3月2日 政府答弁” (1978年3月2日). 2022年12月30日閲覧。
  18. ^ 長距離核空中発射巡航ミサイルの定義
  19. ^ 第一次戦略兵器削減条約における重爆撃機の定義
  20. ^ 第112回国会 参議院 予算委員会 第18号 昭和63年4月6日 政府答弁
  21. ^ 第208回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号 令和4年2月16日 敵基地攻撃能力の選択肢から除外される装備についての答弁
  22. ^ a b 第208回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号 令和4年2月16日 敵基地攻撃能力において排除しない手段” (2022年2月16日). 2023年1月5日閲覧。
  23. ^ 第84回国会 衆議院 予算委員会 第16号 昭和53年2月18日
  24. ^ 第63回国会 衆議院 内閣委員会 第31号 昭和45年10月28日 政府答弁
  25. ^ 江畑 2001, pp. 96–103.
  26. ^ 第113回国会 参議院 内閣委員会 第7号 昭和63年10月20日 政府答弁
  27. ^ 第198回国会 参議院 予算委員会 第2号 平成31年2月7日 政府答弁
  28. ^ 第198回国会 参議院 本会議 第24号 令和元年6月7日 政府答弁
  29. ^ a b 稲葉 2022.
  30. ^ 第114回国会 参議院 内閣委員会 第4号 平成元年6月20日 政府答弁
  31. ^ 第112回国会 参議院 予算委員会 第4号 昭和63年3月11日 政府答弁
  32. ^ 第189回国会 衆議院 安全保障委員会 第4号 平成27年3月31日 政府答弁
  33. ^ 第68回国会 衆議院 内閣委員会 第28号 昭和47年5月31日
  34. ^ Calvert 2019.
  35. ^ Carrier Designations and Names|author
  36. ^ 1994-NPR-News-Release-Slides-Clinton
  37. ^ 平成21年版 防衛白書
  38. ^ Hans Kristensen (2013年3月18日). “US Navy Instruction Confirms Retirement of Nuclear Tomahawk Cruise Missile”. Federation of American Scientists. https://fas.org/blogs/security/2013/03/tomahawk/#:~:text=US%20Navy%20Instruction%20Confirms%20Retirement%20of%20Nuclear%20Tomahawk%20Cruise%20Missile,-By%20Hans%20Kristensen&text=The%20U.S.%20Navy%20has%20quietly,of%20the%20Navy%20Instruction%20shows 
  39. ^ 第84回国会 衆議院 内閣委員会 第7号 昭和53年3月2日 内閣法制局長官答弁
  40. ^ 第96回国会 参議院 予算委員会 第20号 昭和57年4月5日 政府答弁
  41. ^ 第96回国会 参議院 予算委員会 第20号 昭和57年4月5日 政府答弁
  42. ^ 第84回国会 衆議院 内閣委員会 第7号 昭和53年3月2日 政府答弁
  43. ^ 第65回国会 衆議院 内閣委員会 第26号 昭和46年5月15日 純粋に防御的な核兵器の政府答弁
  44. ^ 第65回国会 衆議院 内閣委員会 第26号 昭和46年5月15日 戦術核兵器の列挙
  45. ^ 第65回国会 衆議院 内閣委員会 第26号 昭和46年5月15日 防御的な核兵器に関する政府答弁
  46. ^ 第84回国会 衆議院 内閣委員会 第7号 昭和53年3月2日 政府答弁
  47. ^ 衆議院議員塩川鉄也君提出陸上自衛隊化学学校と特定物質に関する質問に対する答弁書 内閣衆質一八四第三号 平成二十五年八月十三日
  48. ^ 化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約に基づく査察の受け入れについて 平成24年6月14日
  49. ^ 第84回国会 衆議院 予算委員会 第16号 昭和53年2月18日 巡航ミサイルについての政府解釈
  50. ^ JLPT N3 文法解説 「~場合」
  51. ^ 【JLPT N3】文法・例文:〜場合
  52. ^ 第101回国会 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第4号 昭和59年6月29日
  53. ^ 内閣衆質196第216号 平成30年4月17日 衆議院議員宮川伸君提出長距離巡航ミサイルに関する質問に対する答弁書
  54. ^ 平成30年版 防衛白書
  55. ^ 第198回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号 平成31年2月27日 政府答弁
  56. ^ 第208回国会 参議院 外交防衛委員会 第8号 令和4年4月12日 政府答弁

参考文献[編集]

関連項目[編集]